大地丙太郎文庫

くのいちせぶん3話 01

くのいちせぶん
第3話「最近くノ一の様子がおかしいんだが」

 

1


今、俺の家には4人のくノ一がいた。
そして、そのうちのふたりは瀕死だった。
特に、妹・・・本当の妹ではないが、妹の十季は相当な深手の筈だった。いや、深手どころではない。背中から腹にかけて刀が貫通し、アレだけ大量の血が流れたのだ。死んでいても不思議ではないくらいだ。普通なら死んでいると思う。
あの時・・・。
地面に倒れ、動かないままの十季が声を発した。
「とのの・・・おっしゃるとおりにしてくださいませ・・・山吹さま・・・」
藍さん・・・実際には藍さんではなかったが…にとどめを刺そうとした山吹さんに向けた十季の言葉だった。
あの時、十季はすでに血が止まっていた。少なくとも俺にはそう思えた。なにしろあの時あの状態で生きていたコトに驚いた。
どうやら十季はうずくまりながら、秩父忍ビ三峰衆に伝わる秘薬で自ら止血したらしい。
今、十季の部屋の床に就いているくノ一がふたり。十季と群青さん。十季は自分のベッドに。群青さんは床に敷いた布団の上に横たわっていた。
このふたりにその忍者秘薬を塗っているのが柘榴さんと山吹さんだった。
群馬先生こと群青さんもかなりな深手ではあったようだけど、意識はあった。時々苦しそうな息を漏らしていた。
十季は・・・。
十季は、完全に気を失っているようだった。
息は?
息はしているのか?
まるで死んでしまったように、十季はうめき声さえあげなかった。
このふたりは、またしても、この俺のために、この俺の命を守るために、こんな姿になっているのだ。
俺は・・・。
俺はどうにもやるせなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
でも、なんで俺がこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ。この運命の変化にまだ完全については行けてないぞ・・・うーん、いや、いろんな思いは巡るけど、今は十季。目の前の十季が無事でいてほしい。それだけだ。
十季に薬を塗っているのは、かつて、昨日の朝までは確かに母さん、大萬満子だった柘榴さんだった。
俺は柘榴さんの傍に進んだ。
「か・・・(かあさんと言おうとしてしまった。柘榴さんは19歳のぽちゃぽちゃの歯並び綺麗な可愛いコちゃんなのに・・・)柘榴・・・さん。お、俺にも手伝わせて」
柘榴さんが俺をみた。
「めっそうもございません」

柘榴さんがぴしゃりと言った。
「やらせて。十季は、俺にも手当てさせて」
やっぱり、俺は十季が妹にしか思えない。ずっと一緒に育った妹だ。
かあさんは・・・柘榴さんが忍法老け化粧で化けていたから、かあさんから柘榴さんに人が変わったと思える。
でも十季は忍者になっても、あの十季のままなんだ。
今、目の前に横たわっているのは、俺を殿と守るくノ一ではなくて、妹の十季なんだと、俺は思う。そうとしか思えなくなって来た。
俺は柘榴さんに手を差し出した。その薬、下さいという意味で。
柘榴さんは、少しためらっていたが、俺に薬を渡してくれた。
その薬を俺は指につけて、十季の鴇色の装束をめくり、傷に塗り込んだ。十季の体は少し冷たい気はしたけど、まだ確かにぬくもりがあった。生きていると確信した。だけど、体のあちこちが傷だらけだった。深いものから浅いものまで。十季はおそらく全身傷に覆われているのだろう。
はらはらと涙がこみ上げて来た。
少しづつ装束をたくし上げる。
そして脇腹。
藍さんの刀が貫通した脇腹。
見るのが少し怖かったけど、でも、俺の命を守るために十季が負った傷だ。
はっ・・・。
だいぶ傷が消えていた。
凄い。
この忍者の秘薬・・・。
俺は手にした秘薬の薬瓶を見た。
『オロナイン軟膏』
と、書かれていた。

 

2


「たいていの傷はオロナイン軟膏で治ります。それゆえ忍者は常備しているのです。あの武甲衆の刀を受けたあと、十季はすぐにオロナインを塗り傷を治療したのです」
と、柘榴さんが真顔で説明をしてくれた。
ホントかっ!
良い子と良いお医者さんは真似しないで・・・。

ともあれ。
俺は三峰衆に伝わる忍者秘薬、オロナイン軟膏を十季の体に塗っていた。
十季。
傷だらけのその顔のあちこちにも、そっと、そっと痛まないように塗っていた。
十季。
目を覚ましてくれよ。
十季・・・。
十季が、妹じゃなくて、俺の命を守る忍者だったなんて・・・。
まったくそんなコト、微塵も思わず昨日までやって来たのに。
十季。
十季の産まれた日のこと、俺は覚えているぜ。おぼろげだけど。
とうさんと病院に行って、ガラス越しに十季を見た。とうさんが嬉しそうな顔をして、ベッドに横たわっていたかあさんの手を取った。
ん?
あれ?
急に疑問が。
とうさんは、実は三峰衆の下働きの作造さんだったので、まあわかるが、そのかあさんは・・・忍法老け化粧を使った19才の柘榴さんだったわけで・・・。となると、その当時のかあさんは柘榴さん5才ってコトになるんだけど。いくらなんでも忍法老け化粧で5才の女の子がかあさんになれないよね。
え?それとも忍者ってそこまで出来ちゃうの?
と、柘榴さんを見ると・・・。
あれ?
いない。
あれ? 柘榴だけじゃなくて・・・山吹さんもいない。それどころか・・・今までそこに伏せていた、瀕死だったはずの群青さんもいない。
え?
俺は部屋を見渡した。
十季の部屋に、十季とふたりきり。
・・・。
どうやら、俺を十季とふたりだけにしてくれた・・・ようなんだけど・・・それにしても群青さんまで・・・。大丈夫なのか?
群青さんの寝ていた辺りにもオロナイン軟膏の瓶が置いてあった。え? 治ったの・・・?
忍者って・・・いろいろすごい。

俺はもう一度、十季を見た。
心なしか、十季の傷が少なくなっているような?
オロナイン効果ばつぐん・・・?
十季・・・。
俺は、妹、十季とのこれまでに思いを馳せた。
十季は昨日、こう言った。
「生まれた時から・・・正確に申せば、生まれる前から決まっておりました。わたくしの役目は、生まれたら太吾さまの妹として生きることにございました。少吾さまの暗殺指令が出たその時には、警護のくノ一であることを明かし、身命を賭してお守りせよとの命を受けておりました」
生まれてすぐに・・・?
俺の妹になって・・・?
俺の警護をしてた・・・?
十季は俺の妹じゃない・・・。
昨日浮かんだ「はてな?」がもう一度蘇ってきた。
十季は・・・俺を警備するくノ一。
十季が産まれて、それから俺は作造さんのとうさんと柘榴さんのかあさんと、十季と、4人家族で、ごくごく普通に生活をして来た。
十季とは仲は良かったけど普通に兄弟喧嘩もした。
テレビのチャンネル争いもしたし、おかずが多いとか少ないとかも。
十季は俺と同じ、地元の大萬幼稚園に通ったし、小学校も同じ大萬小学校、そして大萬中学・・・。
朝、学校を出て、帰れば十季はもう帰っている。一緒に晩御飯も食べていた。
産まれてから昨日まで、ずっと普通に一緒にいたはずなのに・・・十季はいつ忍者の訓練をしたのだろう。
あの剣さばき。
藍さん・・・のにせものの武甲衆の忍者と戦った時のあの身の裁き、戦いっぷり。
オリンピックの選手でもあれほどのスピードで動けるだろうかと思うほどだった。相当な訓練をしているはずだ。
でも、いつ?
一体いつ忍者の修行を?
いつ?
そう、問いかけるつもりで俺は十季の顔を見ていた。
十季は、今だに目を覚ます気配がなかった。
俺は十季の腕の傷にオロ・・・秘薬を塗っていた。
想像した。
十季が秩父の山奥で・・・俺は行ったコトはないけど、三峰山の山奥で、俺たちとの生活を普通に送りながら、手裏剣や刀の修行・・・野を走ったり、森を走ったり、大木を縦に駆け上がったり・・・そんな激しい修行をしながら、気配は微塵もアニキの俺には見せずに、ノー天気な妹として俺の横にいつもいた・・・のか。修行を終えて帰って来て、何食わぬ顔をして、俺とチャンネル争いをしていた・・・おかず取り合いしていた・・・のか。
俺を守るために・・・俺なんかのために・・・。
俺は、十季がはげしく愛おしくなっていた。
目を覚ませよ、十季。
覚ましてくれ。
「やだよおにいちゃん、やめてよねそういうの」
「わたし、おにいちゃんにはなんにも期待してないから」
「トイレ出たら電気は必ず消してよね」
これまで十季と過ごして来た時間が蘇る。普通に、ごく自然に憎まれ口をたたく生意気な妹。
そんな十季が生まれた時から俺の命を守るためにだけ生きてきた忍者だったなんて・・・。
ありえねえよ。
ありえない。
どう考えても、ありえない。

あ、そうだ。
十季。
お前・・・。

「私、応募したけど」

昨日の十季の、朝ご飯の時の言葉を思い出した。

「一次予選も通過して来月決勝でNHK行く」

そうだ、十季はEテレの声優スタジアムという番組に応募してたんじゃないか。
まさか十季が、声優に憧れてたなんてと、びっくりはしたけど・・・いや、忍者だった方がその何万倍もびっくりだけど・・・アレは、本当だったのかな?
十季の夢が声優だったこと。
少吾ってやつの暗殺命令が出なかったとしたら、十季はその決勝戦に行ったのかな?
いつ暗殺命令が出て、いつくノ一に戻らなくちゃいけない状態にあった十季に、本当にそんな夢があったのかな?
十季・・・来月の決勝戦は・・・どうするの?
十季は目を閉じたままだったけど、わずかに口が開いた。

「もう・・・」

十季がしゃべった。

「それは・・・」

ささやくように十季が言った。
「十季っ」
生きてた。
十季が生きてる。

「いいのです・・・」

いいのです・・・と、十季が言った。
目はつむったまま。
そう小さな声で言った。

唇もほとんど動かさないままだった。
それきり・・・。
また十季の口は閉ざされた。
眠っているようだった。
その表情には、なにも浮かんでいなかった。
夢を、あきらめてつらいのか、くやしいのか、残念なのか・・・それとも・・・最初からそんな夢など持っていなかったのか・・・それは、ただ、俺の妹を演じている上でのキャラ作りだったのか・・・。
俺には、まったくわからなかった。
いいのです・・・と、十季は言った。
そう言った。
いいのです・・・と、言った。
その言葉は、やっぱりなりたかったんじゃないの? 十季。声優に。
俺は心の中で、十季に話しかけた。
十季の表情は動かなかった。
俺の心は読んでるはずなのに。
十季の表情は、動かないままだった。

 

3

 

「これを」
わ、びっくりした。
いつの間にか隣に柘榴さんがいて、水の入ったコップと錠剤を3粒差し出したていた。
「飲ませて、休ませれば、程なく回復したしますでしょう」
この錠剤を十季に・・・。
十季は今、言葉を発しはしたが、いまだ目を開けていなかった。
また深い眠りの中に戻ったようだった。
柘榴さんが錠剤とコップを俺に差し出した。
「飲ませますか?」
「え」
戸惑う俺。
十季を見る。
寝てる。
え、どうやって?
飲ませるの?
やや、うろたえていると、柘榴さんがほんのりと口角をあげた。
そして、錠剤と水を自分の口に含む仕草をし、人差し指で俺の口を差した後に、移動させて十季の口を差した。
えっ、つ、つまり・・・、俺に口移しで飲ませろってっ!?
いやいやいやいやむりむりむりむり。十季は妹じゃないしっ。いや、妹だってだめだめだめだめ。
と、慌てて俺は手を振ってノーグッドを表明。か、顔が火照ってしまってるのがわかる。
柘榴さんは、ふふ・・・と、ふたたび口角をあげ、すいと錠剤を自分の口に含みさらに少量の水を含んだ。寝ている十季の上半身をすくい上げると素早く十季の口にその口をつけた。
俺はそのまましばらく柘榴さんと十季の口づけを見ることになった。
柘榴さんは錠剤を自分の口から十季の口に移しているのだった。
やがて十季の喉が小さく二回ほど動いた。錠剤を飲み込んだのだ。
柘榴さんは口移しで、眠っている十季に薬を飲ませたのだ。
飲ませたのだ・・・。
飲ませ・・・。
あれ?
もう錠剤は十季の喉を通ったと思うけど・・・柘榴さんは十季から離れなかった。
その口づけは・・・しばらく続いたのだった。
・・・だった・・・。
だ・・・
やがて、ゆっくりと柘榴さんの唇がは十季の唇から離れた。離れながら、柘榴さんは虚ろな目で、十季をまんじりと見下ろした。
「愛しい子・・・」
ん?
柘榴さんがなにか呟いた気がした・・・けど・・・。なに?
なんか、言ったよ・・・。
俺は、なんとなくハゲしく照れた。
め、目線がおよ、およ、泳いだ。
泳いで、落とした俺の目線の先に、その錠剤の入った薬瓶が置いてあった。
そのラベルには、確かに『パンシロン』と書かれていた。

 

4


十季を寝かせたまま、夕食になった。
食卓に、元かあさんの柘榴さんとふたりきりだった。
米のご飯と焼き魚、海苔、ひじき・・・まてよ、今朝のメニューと同じじゃね?
「あの、柘榴さん」

俺はちびちびと食べながら聞いた。
「はい?」
「山吹さんと群馬先生・・・群青さんは?」
柘榴さんはまた口角を上げ、わずかに目を後ろの柱に、そして天井にと移した。
いるのか。柱の影と天井裏にふたりが。
一緒に食べればいいのに・・・。なんかいろいろ決まりごとなんかがあるのかな、忍者には。それと、群青さんは怪我は大丈夫なのかな。
「太吾さま、湯殿のしたく、整ってございます」
「あ、は、はい・・・」
湯殿。
そうなんだよね、なんか緊張するんだよ。

0.75坪タイプの我が家の風呂・・・。


湯船に浸かる。
はあ〜とひと息・・・。
今日もまた衝撃の一日だった・・・。
と、静かにあれこれ回想しようとした時に、カタン、扉があいた。
「失礼いたします」
あ、はは、やっぱり来るんすね?
案の定、柘榴さんが素っ裸で入って来た。
俺はもう見ないよ。いちいち驚かないよ。これからはこれが日常になるんですね。りょーかいです。
ちゃぽん、と、柘榴さんは湯船に入って来た。
「よろしくお願いします」と、言おうかなと思いつつ、それも変だなと、黙ってた。
ちゃぽ。
湯船に柘榴さんとふたり。
柘榴さんは・・・可愛いらしい。
でも、まじまじ見るのも気が引けるので、俺はうつむいていた。
柘榴さんも特に何か話そうともしない。
黙ったまま、ふたりで湯船に浸かっていた。
この後は〜、どうしたらいいんだろうな俺・・・。
今日の出来事だって、なんだかここで楽しく話すコトでもない。
衝撃ではあったけど、なんだか触れたくなかった。
ふと、俺はこの先、どうなるのかな、どうするのかな…なんてことがよぎった時、がたーん、と、乱暴にまた風呂の扉が空いた。
ぎょっとして見ると、山吹さんが入って来た。
「風呂は裸であるべし」という三峰衆の掟通り、全裸で。
それでもしずしずとしなやかに入ってきた柘榴さんと違い、扉をけっこう乱暴にしめると、何も隠そうという意思もなさそうに堂々と振り返り、ずがずがと大胆にこっちへ近づいて来た。がばっと足を湯に突っ込み割り込むようにざばと湯船に入った。
や、山吹さんて、見た目はきりりと細いがなんかいろいろガサツだ。凶暴というか・・・今日の戦い方もそうだったけど、男のようだ。
山吹さんが湯船に沈むと顔はすぐ俺の前にあった。
ぎっという感じで山吹さんが俺を見た。睨むように見た。まるで俺のことが気に入らないかのような目で。
なんか俺はおとおどした。
「失礼いたします」
と、山吹さんが切れのいい高めの声で言い、頭をきりっと下げた。
入ってから?
そして山吹さんは鋭い目で湯殿の隅々をきりりと見渡した。
カタ・・・。
今度は控えめな音で、また風呂の扉があいた。
えっ? まさか・・・。
すたん。
まず手が見えた。き、傷だらけの手が床に突き、もう片方の手が扉をスルリとずらし、さらに開けた。
そして、全裸の群馬先生、じゃない、群青さんが這うようにして入って来た。
「し・・・つれい、いたし・・・ます・・・」
押し殺すようなしゃがれた群青さんの声。こ、怖いんですけどっ!
顔は項垂れたまま表情を見せないかたちで這って来る。
さ、貞子っ。怖いよっ!
そして、す、すいません、全裸のおかげで全身の生々しい傷が露わで・・・すいません、結構血だらけなんだけど・・・すいません、そして、すいません、ちゃぽんと湯船に手を、腕を入れて、すいません、あの、そのまま、あの、すいません、頭から入って来ないで下さい、先生っ! わっ、入っちゃったよっ! あ、足だけ外に出て、スケキヨっ! 今度はスケキヨっ! わ、ちょっと、湯船の中で体を反転させて、ざばーっと顔が出たーっ! わっ、ちょっと、長い髪の毛が傷だらけの顔にへばりついて、わっ、わわっ、お岩ーーーーーーーっ! そしてやっぱり・・・乳のボリュームは・・・ないんすね・・・すいませーーーーん!

湯船に俺とくノ一3人、計4人がぎっしりと浸かっていた。
変だ・・・。
やっぱり変だこの警護の形・・・。
俺のコレからは、これなのか・・・。
コレなのか?
などとまとまらないアタマであった。そして、そのまとまらない感、落ち着かない感の原因が、ふとわかった気がした。
十季。
十季がいない。
十季だけが、・・・そう、十季だけがここにいないのだ・・・。

いても、もう入らないけど・・・。

 

5


朝が来た。
新しい朝が。
たったふつかしか経っていないのに、もう最初の衝撃の出来事が何ヶ月も前のことのように思える。
(これは作者がこの何ヶ月もこの読み物を書かなかったからという個人的な感想もあるが・・・)
目が覚めてゆるりと起き上がると、そこに十季がいた。
正座をして控えめに顔を伏せ気味にしていた。
「十季っ」
思わず嬉しくなって声が出た。
十季がいた。十季が。
俺の声に十季は静かに頭を下げ、そして顔をあげた。
その顔には傷は見えなかった。
「もう・・・いいの?」
俺、声が弾んでる。だって嬉しい。
「はい」
十季が静かに控えめに答えた。
早いけど、早すぎるけど治るの。オロナインとパンシロンすごいっ!
でも良かったよ。ホントに。
「ありがとうございました。その・・・太吾さまが私の傷の手当てをなさってくださったと・・・聞きました」
「うん、うん、した」
そして、治ったんだ。俺が手当てをしたから、十季は治ったんだ。それが嬉しかった。
「もったいのうございます」
今度は深々と頭を下げた。
「いいよ、いいんだよ。したかったんだよ、俺が、お前の・・・」
お前の・・・と言ってみて少し照れた。何故か・・・照れた。
「お前の、手当てを・・・」
俺がしたかったんだ。
十季が顔を上げ、俺を見た。
俺を・・・。
あ、十季・・・。
忍者になってから・・・戻ってから? ・・・の十季は、ほとんど表情を出さなかった。出さない様にしている様だった。多分、それがくノ一のスタンダードなんだろうと思う。柘榴さんも他のみんなもそうだった。常に表情を殺していた。
でも・・・でも、今は、違うように、俺には思えた。
十季は、わずかだけど、俺に、はにかむように、照れたように微笑んでいた。ホントにわずかだけど、俺にはそう見えた。それは、多分、俺に対しての感謝の気持ちを見せてくれたんだと思う。
俺と十季はひととき、お互いに照れた感じで見合った。
その時。
ピンポーン。
と、チャイムが鳴った。
え?
俺も、そして十季もハッとした。
誰か訪ねて来た?
え?
誰が?

俺と十季が階下に降りて行くと柘榴さんと一緒になった。
俺たちは思わず顔を見合わせた。
皆、同じ思いだった。
一体、誰が家のチャイムを鳴らしたのだろうという思い。

玄関に来てインターフォンのモニターを見た。
誰も映っていなかった。
うえ。
ますます警戒しなくてはいけなかった。
十季が自然に俺の前に出た。柘榴さんがそっと玄関ドアの外の様子を伺った。外に、人の気配を感じた様だった。ふたりが音もなく短い忍者刀を抜いて逆手に構えた。ど、どっから出したの? 俺はそっちにもびっくりしながら、この警戒態勢にもびびった。いつまにか俺の両サイドにも群青さんと山吹さんが手裏剣を構えて俺をガードしてた。
ひいっ。
俺は体を固くした。
また、なんか始まるのか・・・!
柘榴さんが、わずかに目を配らせ、俺へのガード態勢を確認してから、ゆっくりとドアノブに手を掛けた。
ぐ・・・。
俺はツバを飲み込んだ。
新たな刺客・・・なのか・・・。
刺客がピンポン鳴らすか?
モニターに誰も映ってないのは、配達とか勧誘ではない・・・。
まさか・・・まさか・・・。
ピンポンダッシュっ!
・・・なんて、ピンポンダッシュをそんなもったいつけて言うコトない・・・。
柘榴さんがドアを一気に開け、同時に刀を逆手に持って構え、俺の前に後ろ飛びに来て警戒した。
ドアが開いた。
そこには・・・。
あっ!
そこにいたのは・・・。

藍さんっ!

 

6


くノ一たちが、さっと音もなく戦闘態勢の気をつめた。俺もそのくノ一たちの気を感じて、緊張した。

そこには藍さんがいた。

藍さんが・・・。

だが、この藍さんは、そうだ、藍さんではないのだ。敵なのだ。敵の刺客なのだ、だったのだ。昼間に俺を殺そうとして、くノ一たちと死闘を繰り広げた、敵なのだ。
もしかしたら敵・・・藍さんが、このままいきなり俺に襲い掛かって来るのかも知れない・・・俺もくノ一たちもそう思ったからこそ緊張が走ったのだ。

だが・・・だが、目の前の藍さんは、まるでそんな気配がなく・・・つまり、殺気の一つも感じない、可愛らしくうつむいたまま、無防備に立っていた。

可愛い・・・。
「貴様っ」
とこっちも可愛らしい柘榴さんが鬼の様な形相で言った。俺はドキッとしてしまった。まるで俺が怒られたかと思ってしまった。敵を可愛いなんて思ってしまったから、きっと・・・。しかし柘榴さんの言葉は藍さんに向けられていた。
「何をしに来た。二度と顔を見せるなと言うたっ」
厳しいその声に、ひれ伏したままの藍さんが・・・いや、藍さんに化けた秩父忍ビ武甲衆の名も知らぬ男忍者がさらに縮こまる様に恐縮した。
「お許し下さい。お許し下さいませ」
と、藍さんが・・・じゃなくて、藍さんのニセモノが、声は本当に藍さんのままで、か細く震えるように言った。
俺の前にいる十季が、右手に忍び刀を構えたまますっと下がり、俺の体に左の腕をわずかに密着させた。いざの時には俺を庇うつもりなのか、引っ張って逃げるつもりなのか、はたまた突き飛ばすつもりなのか、いずれにしても、十季の体から緊迫の気が伝わって来た。
「太吾さま」
と、ひれ伏したまま藍さんが言った。
やっぱり俺は藍さんがそこにいる気になってしまう。
まるで泣き出しそうな声で藍さんは続けた。
「私は、秩父忍ビ武甲衆・・・、黄土と申します」
黄土!
黄土?
おうど・・・。
そんな名前?
そんな汚い名前?
「この命を、・・・、どうか、太吾さまのために使わせて下さい」
え?
汚い名前の黄土・・・いや、やっぱり藍さん、藍さんが顔を上げた。
俺をまっすぐに見ていた。
泣きそうな顔をしていた。
泣きそうな顔で、ホントに、絶対ホントに本気で藍さんはこう言った。
「太吾さまのお側に、私を置いて下さい。私にも太吾さまの警護をさせて下さい」
藍さんがそう言ったんだ。
うん。
藍さんっ!
そうだよ。藍さんはやっぱり悪い人じゃないっ。
すっごいけなげです。
愛らしい。
可愛い。
いじらしい。
「きっと、きっとお役に立ちます。どうか、どうか私を太吾さまの警護役にお加え下さい。一度なくしたも同然の命を、太吾さまのお情けによって生きながらえました。ですが、このまま武甲衆に戻ることも出来ません。なれば、太吾さまに生かされた命を太吾さまのために使いたいっ」
藍さんが再び額を地面に押し付けるように頭を下げた。
「お願いでございます」
そのまっすぐで懸命な姿を見ていて、俺はふいに涙が溢れた。
藍さんが、そこまで言ってくれるなんて。
感動で体が震えた。
と、俺の体に触れていた十季がぴくりと動き、わずかに俺を振り返った。
「ふざけるなっ!」
どきっ!
びっくりしたっ!
そう叫んだのは、十季ではなく、あの、きりり凶暴美女の山吹さんだった。
山吹さんは俺の左後方で棒手裏剣を構えていたが、つかつかと歩み出て玄関を降り、ひれ伏していた藍さんの胸ぐらをむんずと乱暴に掴んで引きずり上げた。自分の目の前まで吊し上げると持っていた棒手裏剣の先を藍さんの喉に突き立てた。
「そんなことが信じられるかっ」
と吐き出すように言って藍さんを睨んだまま、これは仲間のくノ一たちに? 頭(かしら)の柘榴さんに? いや、殿の俺に?
「やはりこやつ殺しましょう」
と、言った。
や、山吹さん、やっぱり凶暴・・・。
俺はぶるった。ぶるったけど、反射的に言っていた。
「待ってっ」
その声にまた十季の指先が反応した。いや、今度は十季だけではなく、柘榴さん、群青さん、特に山吹さんも大きく反応して俺を睨むように見た。
に、睨んでる?
でも言う。俺は言う。
「ダメ、ダメだよ、それはダメ、やめて」
弱々しく言う・・・。びびってるよ俺・・・。しかも少し内股だよ・・・。
「殿、こやつの魂胆など見え透いております。昨日まで殿の命を狙っていた忍者が、このようにカンタンに寝返るなどと言うことはあり得ない。殺しましょう」
山吹さんは凶暴な流し目を俺にも投げつけながらそうきりりと言った。
ものすごく怖かった。
「お願い・・・やめて・・・そんな・・・ころ・・・ころ・・・す、なんて・・・」
声、かすれてました。俺はまるで俺が殺されるような気分の中で、やっとそれだけを山吹さんに言った。
俺のその言葉に、山吹さんはしばし俺を睨みつけている感じだったが、ちっと目線を外した。
怖いよ・・・。
そして、黙って藍さんの胸ぐらを掴み上げたまま、藍さんを睨んでいた。
が、やがて、後ろ姿を一瞬ぷるぷると震わせ、ばっと藍さんを放り出した。
「あ・・・」
藍さんが玄関先に転がり、か弱い声が漏れた。反射的に俺は、十季と柘榴さんの横をすり抜けて、山吹さんをもすり抜けて藍さんに駆け寄っていた。
「藍さん」
藍さんの前で俺は膝をついた。藍さんをすぐに抱いて起こして上げたかったが・・・、でも、それでもこの人は敵・・・なんだよな・・・という事実を思い出し、手を差し伸べる途中の格好であやふやに藍さんを見下ろしていた。
山吹さんが「ザッ」とわざとらしい音を立てて踵を戻し家の中に引っ込んだ。
怖いよ。
「当然です、私、刺客だったのだから・・・こんなことをお願い出来る立場ではないことなど、充分にわかっていたんです。でも・・・」
藍さんは、そう言って顔を上げて俺の目をまっすぐに見た。
目が潤んでいた。
「でも、私、殺されたっておかしくないのに、殿が、太吾さまが、お許し下さった・・・。それが、嬉しくて、嬉しくて・・・。そんな優しい言葉、生まれて初めて聞いたのだもの・・・」
そう言って、藍さんは、大粒の涙をぼろぼろとこぼした。
あ、藍さん・・・。
か、可愛かった・・・。健気だった。
この忍者は、藍さんじゃないけど、俺にはまるで藍さんがそこにいるように思えた。
俺の目からも涙が溢れ出た。
この忍者は、過酷な使命と厳しい戒律の中で感情というものを押さえつけられて今日まで生きてきたのであろう。
それを、俺の、当たり前といったらホントに当たり前のひとの心というものに触れて、初めて人間らしい心を取り戻したのかもしれない。
忍者がこんなに感情を表して人の前で泣くなんて、きっとあり得ないことなんだ。そこまでこの人は気持ちを溶かしたのだ。
それを思うと、俺まで泣けてきたのだ。
俺は言わずにいられなかった。
背後にいる四人のくノ一に。
「あ、あの・・・、みんなが良かったら・・・彼女・・・彼・・・あ、藍さんを仲間に・・・」
俺は涙をこぼしながらくノ一たちを振り向いた。

あ。

ずーーーーーーーーーーん。
う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
な、なんか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そんな空気じゃなかった・・・・・・・・・・。
くノ一たちの目が・・・不気味に死んでいた。
言えない。これ以上。い、い、言えない。言える雰囲気じゃない。
山吹さんが、全くの無表情で近くの壁をドンと蹴った。
こ・・・。
十季が・・・黙ったまま・・・ぷいとそっぽを向いた。
こ・・・。
ざ、柘榴さんも、ぐ、群青さんも・・・まったく表情を消して俺から目線を外していた。
いや、け、消した以上の何かがある。むしろ表情がある。マイナスものすごい語ってる表情がある。
こ・・・怖っ。怖い〜。
藍さんが、ゆっくりと立ち上がった。
「当然のことです」
「あ・・・藍さん」
「黄土です」
あ・・・。そうだった・・・ね・・・。
「受け入れてもらえないのは当然のことです。当たり前の、ことです」
そう言って藍さん・・・黄土・・・いや、やっぱり藍さんは、顔を伏せたまま、後ずさった。
後ずさりながら・・・言った。
「でも・・・私・・・、こう申し出るしかなくて・・・。これは私の心からの申し入れでした・・・。太吾さま、黄土は・・・」
黄土さん・・・くん・・・が、俺をまっすぐ見た。いや、藍さんが。
「黄土は、心から、太吾さまをお慕い申し上げます。この空の下で、命ある限り、太吾さまを思って生きます」
え?
黄土・・・くんは・・・そう言ってくるりと背を向け走り去った。
本来は、たたたたたと足音が去っていくのだろうが、さすが忍者だけあって、足跡が立たなかった・・・。
あ、藍さんっ。
外は白い朝モヤが立ち込めていた。
やがて・・・、藍さんの黄土の藍さんの後ろ姿は、その大萬市大成町の路地の、しんとした朝モヤに溶けて、見えなくなってしまった。
俺は・・・また藍さんを失ったような感覚になった。
もう、コレで、ホントに最後なのだろうか・・・。
偽物だとしても・・・、藍さんの姿を見られることは・・・、もうないのだろうか。
しばしの間、藍さんの見えなくなった白いモヤを俺は見つめていた。
俺には、今の藍さんの言葉が、どうしても嘘であるような気がしなかった。
しかし・・・。
二度と現れない藍さんの姿、二度と戻らない藍さんの姿を、それでもいつまでも見ていたかったのだが・・・、俺はすべての力が抜けたようであった。
そこに立っているのもしんどいくらいに・・・。
やがて俺はくるりとカラダを戻した。
くノ一たちが・・・・・・。

い、いなかった。
ひとりも・・・。

ええーっ?

 

7

 

一日が無為に過ぎた。俺はなんにもせず、自分の家で経った一人で過ごした。いや、くノ一たちはいたようだ。昼飯は時間になると食卓に並んでいた。トーストとふりかけご飯とナポリタンとうどんが少量づつ、そしてひじきという献立であったが・・・。俺はそれを残さずに一人で食べた。どこからか、くノ一は俺を見ているのだろうか。

そしてそのまま夜になった。

風呂の時間になった。

無言でお湯が張られていた・・・。

えっと・・・。

俺は、とりあえず、いつものように服を脱ぎ捨て入る。湯船に浸かる。

えっと・・・。

しばらく、長い時間、静寂のまま、かたりとも音がしないまま、俺は湯船に浸かっていた。

えっと・・・。
今日は・・・誰も・・・お風呂にも来てくれない・・・のね・・・。
アウェイだ、殿、アウェイだ・・・。

0.75坪の湯船って・・・広いんだなあ〜・・・。

 

8

 

ちゃっぽーん・・・と、湯船で手を伸ばし、足を伸ばすと音が響いた。
俺は・・・、なおも、ひとりで風呂に入っている。
いや、普通の家庭の0.75坪の風呂なんだからひとりで入るのは当たり前なんだが・・・。
なんだが・・・。
ひとりなのだ・・・。
これは・・・。
通常なら当たり前のところ、このひとり風呂はかなり今の俺には打撃です。
怒ってる。
怒ってるんだよ、くノ一たち・・・。
多分。
間違いない。
え?
でもなんで怒るわけ?
俺、しかも殿じゃないの?
殿って、もっと、こう、恭しく、大事にされるんじゃないの?
現に俺がその殿とやらになった時から、あいつら気持ちの悪いほど俺を殿扱いして、こそばゆいほどあげ奉って、俺の為に命までかけてくれてたのに・・・。
なんで、こんなことでこんなアウェイ感を味合わなくちゃいけないの俺。
ふんだっ!
お、俺が、ち、小さくなるコトないよねっ!
ねっ!
ねっ・・・って・・・だ、誰に言ってんのかな、俺・・・。
誰に・・・。
誰?
ん?
誰かいるよアタマの中に。
十季?
あ・・・。
あれ。
なんで・・・?
なんで今、俺のアタマの中には十季の顔が浮かぶの?
十季の・・・あの目線をそらした瞬間の顔が・・・。
無表情な顔をすっとそらしたあの時の顔が。あの動きが。俺の脳裏でリピートするの? リピートするの? リピートするの?
いやあ〜〜〜〜っ!
と、十季しか出て来ない。
十季しか出て来ない。
なんで?
なんで?
と・・・十季が・・・十季が俺に冷たいコトだけが、今、俺の気になるコトなのか?
そうなのか?
い、いいんだよ粕太郎、いいんじゃないの?
もっと他のくノ一のことを気にしてもいいんじゃないの粕太郎?
せめて十季以外の・・・。
そそ、群青さんとか・・・(一応、今のところ一番当たりがゆるい群青さんを代表とさせていただきます)
ぎゃーっ!
と、思った瞬間、俺の脳裏から十季が消えて、柘榴、山吹、群青さんが一揃いで浮かんで来たよ。
同時に十季が消えた。
三人が一様に能面のような顔をしてる。そして目をそらせ、あ、山吹さんだけがはっきり俺を上から睨んでる。
ぎえー。
怖っ。
さらに睨みを効かせたまま山吹さんが、がんっと壁みたいなものを蹴った音が聞こえた。
怖いよっ!
がっ!
また蹴ったっ!
がっ!
また蹴ったっ!
がっがっがっ!
三連発来たっ!
ひぃ〜、やっぱり十季にしてっ!
十季がいい〜。
十季の方がなんぼか可愛いよお〜〜〜〜。
あの、ぷいとすねて目線を外した十季の顔が、可愛いよお〜〜〜っ。
え?
違う。
そういうコトじゃなくて・・・。
そういうコトじゃなくて俺は十季の顔が見たかったの。
いや、見たかったわけじゃなくて・・・。
あれ? あれ?
あれあれあれ?
ちゃぽーん。
がぼっ!
っと、お湯の中に俺が少し沈み込んだ。
口元までお湯に浸かって、はっとなった。
びっくりした。
は・・・。
は?
は・・・。
はっと、俺は目を覚ました様になった。
風呂に・・・やっぱり、風呂に、俺ひとりだった・・・。
ひとりで・・・。
ひとりで、なに想像に悶えてるんだよ俺・・・。
ぽーん。
ぽーん。
ぽーーーーーん・・・。
と、湯船の音の余韻が消えて・・・また、静かなひとり風呂になった。
くノ一たちのイメージは消えた。
俺は、口元まで湯船に沈み込んでいた。
現実にもどった。
ひとりの現実に・・・。
静かだ・・・。
風呂には窓がある。0.75坪タイプの風呂だけど、出窓が付いているために少し広く感じるようになってる風呂なのだ。窓はすりガラスだけど、月の灯りに外の小さな植木のシルエットが浮かび上がって・・・あれ? 浮かびあがっていなかった・・・。
いつも映る庭のソヨゴの木の影が見えない・・・ってか、窓の外に何か別のシルエットが覆っている?
そんないつもと違う窓外の景色を感じたその瞬間だった。
がしゃーん!

突如、窓のガラスを割って巨大な何かが襲って来た。
「げっ!」
その巨大なモノは湯船にいる俺の体に容赦なく襲いかかった。
「がっ!」
まともな声を出す間もなく、俺はその巨大なモノに掴まれ・・・そう、まるで掴まれ、体の自由を奪われ、窓外へと引き摺り出された。
がーーっ、な、なに?
なにが起こったのがーーわわっ?
わからねえ〜っ!
ただ、俺の体は、宙にいた。
外の宙にっ!

 

9

 

ぽつんとひとり風呂をしていた俺は、突如窓外から襲い来た何かに体を掴まれて外に引っ張り出された。
俺の体は、宙にいた。
外の宙にっ!
素っ裸のままっ!
ひえ〜!
俺はパニックになりつつも俺をつかんでいるでっかい物体を見た。
ん?

え?

ええ〜?

ロボット?
それは、確かにロボットであった。
木と、ブリキらしいもので作られた二足歩行の、マッチョな、頭部の小さい、眼光が電気で光っている・・・ロボットだっ!
さらによく見ると、左の肩に「武」の文字、右の肩に「甲」の文字が浮かんでた。
武甲衆!
し、刺客だっ!
そしてさらにさらによく見ると、うわっ手が無数にっ!ひいふうみいの、ななつあるっ!
(くのいちせぶん対応かっ!)
その手のウチのひとつはがっつりと俺の体を腕ごと握り占めているので。俺の体はアタマと腰から下が無防備になってる。
さらにロボのふたつの手がぐもーっと迫って来たかと思うと、俺の露わになっている両の足首をそれぞれむんずと掴んだかと思うと、一気に左右に引っ張りやがった。
「んぎゃーっ!」
つまり俺の股がぁーっ!
おれのまたがぁーっ!
さ、さ、さ、避ーーーーけーーーーるーーーーっ!
イデデデデデデデっ!

「く、くのいちーっ!助けろぉーーーーーーっ!」

と、叫ぶ粕太郎。くノ一たちは何をしている? 一向に出てくる気配がないよ。
絶対絶命の粕太郎の運命も多少気にもなるが、我々はここで少し寄り道をしなければならない。(何故?)

 

10 若葉編


粕太郎の股間が大ピンチになる少し前、粕太郎たちがいる大萬市から10里離れた萬粕城の天井裏で、三峰衆七くノ一のひとり若葉は、やや途方に暮れていた。
若葉の主な役割は戦闘よりも情報収集と通信係りであった。
萬粕城の天井裏に忍んで、一体どのくらいの月日を送って来たか。
5年・・・?
いや10年であろうか?
萬粕城に少吾が誕生したその瞬間に3才の若葉は少吾の監視の命を受けた。それから14年の間、若葉はこの天井裏に忍び、少吾とその周囲の動向を監視していた。
あ、だから・・・14年であった。天井裏生活14年。
若葉、17才。
だがこの14年、特になにも起こらなかった。
若葉は三峰衆七くノ一の中では最も忍びの術に長けていた。
それは元からのものではなく、3才で天井裏に忍び、それこそ最初は里で鍛錬した息の使いや身ごなしを駆使していたが、次第にそれが無意識に出来る様になって行った。
良く、忍びが物音を立ててしまった時に鼠の鳴き声を模倣して誤魔化すシーンがテレビなどでもある。
あれもまたひとつの正式な遁法の一つであって獣遁か虫遁の術となろう。
だがそれは400年も500年も前の室町人間であれば誤魔化せもしよう。
だが今は文明の発達した平成の世である。21世紀なのである。その様な子供騙しが通用するとは思えない。
では若葉はどうしたのか?
若葉はそんないかにもな音真似ではなく、空気の音を出す術を身につけていたのだ。
天井裏という狭い空間に長きに潜んでいて、なにも聞こえない静寂と思われる環境でも必ず音があることを体得した。人間は静寂を心理的に無音と判断するのだが、決して無音などあり得ないのだ。
若葉は、どう動いても、体から無音という環境音以下しか出ないいう技を身につけたのであった。それはごく自然にであった。
今や、若葉の身を包む忍び衣装は十季や柘榴たちの様な機能的なスタンダードな忍び装束ではなく、ほぼメイドコスチュームであった。退屈な天井裏生活の中で次第に趣味が生まれ、若葉はコスプレを愛好する様になった。
いろいろやりくりを重ね、若葉の衣装は元々ある忍者装束にプラスされたドレッシーなふわふわとしたメイドスタイルなっていた。さらにそこに伊達眼帯をつけている。伊達政宗の眼帯である。
忍者装束メイドスタイルアレンジに眼帯。この発想は映画『下妻物語』の中のゴスロリな深田恭子と樹木希林の婆さんの眼帯を観た若葉の独自のミックスであった。若葉のお気に入りであった。
若葉は天井裏でテレビもBlu-rayも楽しんでいた。音は一切出さなかったが全て理解出来た。実写は唇も読める。アニメは三枚の開き口中口閉じ口しかないにもかかわらず前後の関連から大まかなストーリー、セリフネタまで読み取り、時には無音で聞いて涙することさえあった。
話は戻るが、その様なふわふわとした忍び衣装であっても一切忍んでいて音を出さないという技を身につけていた若葉であった。

さて・・・。

3年ほど前から寝たきりになっていた19代当主・萬粕机衛門(つくえもん・108)が少し前からいよいよ大往生を迎える雰囲気になって来た。
すると、それまで平凡で素直でおとなしいが明るかった少吾少年・・・んー、若葉的にはそんな呼び方はしたくないのだが、取り敢えず、少吾少年の気がそぞろとして来たのを感じたのであった。
それまでは監視と言っても多少ゆるめにしていた若葉であったが、この頃から監視を強化した。
ある日、少吾は武甲衆頭目・瀬目人(せめと)を呼んだ。
「太吾兄を・・・消せ」
ついに暗殺指令が少吾の口から出た。
若葉はすぐに報せの伝書鳩デバトンを飛ばした。
だが、同時に武甲衆からも伝令の黒鳩クロバトンが飛んだ。前を飛ぶデバトンを見つけたクロバトンは機転を利かせ、デバトンを襲ってしまったのだ。
デバトンのいち早い伝書が届かなかったために、柘榴や十季が動くのが遅くなった。そのため、殿である太吾は襲われ、それを守るために藍は爆死した。
そのことは萬粕城の天井裏にいる若葉には直には伝わらなかったが、デバトンが戻らないことでそれを察していたし、武甲衆の報告を天井裏で聞いて大萬市の状況も手の内にあった。
デバトンの存在を知った武甲衆は当然、萬粕城に忍ぶ曲者を仕留めようと躍起になって探したが、若葉の長けた遁走術によりまったく見つからなかった。実は若葉は何もしないでその場にうずくまっていただけなのだ。息も何もかも殺して。探し出そうとする相手の意気込みが大きいほどこの術は有効であった。
だが、それからの若葉は役立たずだった。
まずは死んだ藍の代わりに男忍者を送り込む作戦を聞いた時、すぐに伝えなければと思いつつ、伝える手段がなかった。
「あいつらケータイくらい持ってくんねえかな」
若葉は思った。若葉は割と最新のスマホを持っているのだが、他のくノ一が持っていなければ意味がない。
三峰衆はその辺の経費を出してくれない割と零細な忍び集団なのである。歯噛みをする若葉であった。
そして、その藍を装った武甲衆が七くノ一の手に掛かり失敗したと知った。
武甲衆はさらに次の手として、忍び暗殺型ロボット、武甲丸を送り込む作戦を立て、実行した。
若葉はまたすぐに知らせたかったが交代要員もいない監視係である。情報を知るだけで伝えられないなど、なんの忍びであろうか。
若葉は無音の地団駄を踏んだ。
と、その時、ふと技を思いついたのだ。
空気による伝達。
空伝の術だ。
若葉は無音でしゃべった。
心の中で言うのと違う。確かに言葉は発するのだ。だがそれが無音レベルなのだ。
「暗殺ロボット、武甲丸が向かった。心して向かい撃て」
この言葉が空気を伝わって10里先の大萬市にいる柘榴や十季の耳に届くはずである。

 

 

11

 

俺の股間が大ピンチに話は戻る。

「く、くのいちーっ!助けろぉーーーーーーっ!」

と、叫んだ俺の声は声になっていなかった。この武甲衆のロボットの手・・・らしきもの・・・アニメ的にいうと触手が俺の口元まで塞いでいたからだ。

実際の音は「もがんご、もこごもも〜」だけだった。

が、くノ一たちは出てきた。

さすがだっ! ・・・と、言いたいところだが、あれだけの物音がすれば当然俺の身になんか起きたっつコトくらいわかるだろう。くノ一じゃなくても。

まあいい。出てきた。

よし、くノ一たちよっ! この怪物をとっとと退治して俺を助けろっ!

助けろーっ

た、たすけ・・・って、おい・・・はあ〜?

出てきたくノ一たちを見て俺は、はあ〜?

十季はパジャマ姿。

柘榴さんはパック顔。

群青さんは歯ブラシくわえ、山吹さんはカーラー頭。

ををーいっ!

のん気かっ!

お前ら俺を守る気ゼロだろーっ!

なに普通に生活してんだっ!

それじゃ一般人だろうがーっ!

などと情けない気持ちになったその俺と来たら・・・ぎゃー、そうだ、そうなのだ。両の足を180度におっぴろげられていたのだーっ。

・・・ああ〜っ! 股間がっ! マイ股間があ〜! 丸出しだーっ! 俺、恥ずかしーっ! 情けないのは俺だったーっ!

と、くノ一たちは一様にその俺の股間に気がついたようであった。

ぎょっと俺のおっぴろがった股間に目をやり、口からそれぞれいろんなものを吹き出し、一斉にくるんと背中を向けた。

こらーっ!

なにはにかんでんだーっ!

毎夜素っ裸で風呂に入って来たヤツらがなにを今更照れてるんだぁーっ!

すると、

「ゆ、湯殿はにごり湯のバスクリンが入っておりますゆえ大丈夫なのです」

と、十季が俺の心を読んで答えた。

バスクリンの問題なのかーっ?

びきっ。

ぎょがえごおーーーーっ!

ロボットがさらに俺の両の足を引っ張ったーーーーーっ!

裂けるーっ!

裂け死ぬーっ!

くノ一ぃーーーーっ!

その苦しみの限界で俺はもが叫んだ。

「もごょーーーーーっ」

押さえられた口ながら最大音量の声が漏れた。

くノ一たちが、はっと我に帰って俺の方を向き直った。

早く、早くぅーーーーーっ!

くノ一たちは顔を付き合わせた。

「しまったっ」

と、柘榴さん。

「油断をしたっ」

と、山吹さん。

「殿がのっぴきならぬ事態になってしまった」

と、群青さん。

「殿のあまりの馬鹿行動に呆れているうちに、肝心の警護が手薄になっていたのだ」

と、山吹さん。

「いかに殿の振る舞いが馬鹿であろうとも、殿は殿」

と、群青さん。

「いかさま、我々はそれでも守らねばならぬ」

と、柘榴さん。

「反省じゃ」

と、山吹さん。

「うむ、反省じゃ」

と、群青さん。

反省なんかいいから早く助けろーっ!

あと馬鹿とか言ってたか今?

「助けねばっ」

と、柘榴さん。

「よし、助けよう」

と、群青さん。

「いやしかし待て、アレをなんとする」

と、山吹さん。

「アレか」

と、柘榴さん。

「殿のちんちんを見ながらなど助けようがない」

と、群青さん。

「アレは見られぬ」

と、山吹さん。

「見て楽しいものではない」

と、群青さん。

「特に見たくないモノナンバーワンである」

と、山吹さん。

「よし、わかった。ならば見ないで戦おう」

と、柘榴さん。

「うむ」

と、群青さん。

「承知っ!」

と、四人が言い・・・。

ざっ。

くノ一たちが一斉に一般人服を脱ぎ捨てた。

下から、鴇、柘榴、山吹、群青色の戦闘服が現れた。

うん、いかすぞっ! いろいろ引っかからないでもなかったが俺のくノ一たちよっ! 今こそ敵を粉砕しろっ!

ささっ!

くノ一たちはさらに一斉にそれぞれのイメージカラー鴇、柘榴、山吹、群青の色の細長い布を取り出し、真一文字に目に被せ、頭の後ろで結んだ。

そして、顔をしゃきーんと上げた。

しゃきーんじゃないよ、なにそれ、め、め、目隠し?

頭まで忍び戦闘装束で隠し、口元まで覆っているメンバーもいるという中で、さらに目隠し。もうほとんどの顔が隠れてるだろ。

「コレで殿のちんちんを見なくて済むぞ」

と、群青さん。

「うむ、妙案だ」

と、山吹さん。

妙案なのかっ!

そりゃ俺も見られまくるより見られない方がいいけど。

くノ一たちは目隠しをしてでも戦えるのかっ! そんな訓練もされているのか。そうかもしれない。わかった。来い。俺の股間を見ないで戦うのだくノ一っ!

真っ先に十季が忍者刀をすらりと抜き放ったかと思うと、突きの形で刺客ロボットに突進した。あ、いや違うっ! 十季が突進して来たのは俺の方だ。

十季、大丈夫か、見えているか?

だが、十季は迷いのない勢いでこちらに突進してくる。お、十季っ!

さらに正確にいうなら、お前が向かってるのは俺は俺でも俺の股間だぞーっ!

忍者刀の切っ先がまっしぐらに俺の股間めがけている。

おわー、このままでは大変なことになるっ! 十季の刀が俺の股間のものを見事に貫通させることになるぞっ! 今、この一番大事な局面に限って、俺の心の声がまったく聞こえてない風の十季だった。

「どあーっ!」

ただでさえ足首を掴まれておっぴろげされていて身動きも取れない中で、十季のこの容赦のない猛烈な攻撃から俺の股を守るため、俺は渾身の気合いで「のごっ」と股間のものをわずかに持ち上がらせた。わお、やればできるものであるっ! さらにっ! 俺は尻の穴に踏ん張りを利かせ5ミリほど上にケツを持ち上げた。

のわっ!

やればできるものである!

びゅっ!

十季の刀がすかさず食い込んで来た。

わずかにかわせた!

わずかにかわしたのだ俺。

いや、少し擦った。

ちっと、少し擦れた感覚が股間にあった。

刀は俺の股下ほぼ隙間なく水平垂直に突き進んだ。すれすれだっ! すれすれだが俺はいい仕事をしている、と、思った瞬間、硬い鍔が股間の物に激しくえぐられたっ!

がーーーーっ!

わずか5ミリでは鍔はかわせなかった。

俺のロボにより塞がれていた口はがロボの手をもはみ出して最大級に開かれた。だが痛すぎて声は出ねえーっ!

刀はそのまま突き進んだ。突き進んだ先には夜の闇があるのみだ。俺の股下を通過するのは、そして柄とそれに添えられた十季の手、腕、そして腕が肩、その肩まで入ったところで、次には十季の顔面が、最悪にも俺の股間にぶち当たった。

・・・ぶち当たって・・・ストップした・・・。

十季の動きが止まり、目隠しの下の口元が(え?)と、うろたえ漏れるかのようにわずかに開いていた。

「十季、そこ・・・ダメ・・・」 

痛み絶頂を越えてロボの口からはみ出ていた俺の口から、漸く言葉が漏れた。

ほんのわずか、しばしの間があって、十季は何事もなかったかのように身を翻し、宙で体を回転させると、元いた我が家の玄関先に俺に背を向ける形で着地すると、跪き、うずくまって動かなくなった。

え?

なんか気分悪そう。

ちょっと傷つく。

十季が俺に突進して来たそのわずか後には間をあけずして柘榴さん、山吹さん、群青さんも地を蹴ってロボットに突進していた。

だが、柘榴さんの忍者刀はお隣の沼山さん家のソヨゴの枝と葉っぱをそぎ落としているのみだし、山吹さんのキックはお隣の沼山さんの家の軒下の雨どいを破壊しているだけだったし、群青さんの手裏剣はお隣の沼山さんの家の洗濯物にことごとく命中して穴だらけにしてるだけだったし、ことごとくてんで方向違いの敵を粉砕するか、破壊するか、無駄な攻撃であった。沼山さんごめんなさい〜。

肝心のロボにはまるで一ミリの攻撃も仕掛けられていない。元気いっぱいに俺の股間を開きまくったままであった。

てんで様になってないくノ一たち、役に立たないくノ一たちに、俺は股間を広げられたまま、その痛みに加えて情けなくなり涙が溢れた。

くのいちぃ〜・・・。

 

12

 

攻撃の手応えをまったく感じなかったくノ一たちが、一旦退いて玄関先に着地した。一様に虚しい体力を使った彼女らは、荒く息を吐いた。

「まったく敵の位置がわからぬ、はあはあ」

と、柘榴さん。

「手強い、はあはあ」

と、山吹さん。

「万策尽きたか、はあはあ」

と、群青さん。

いや、はあはあってね、目隠ししてるからでしょう。言ってみればまったくとんちんかんな策だからね、それ。しかも、目が隠れててもかなりな技があると期待してたんだけど俺。 

その時。

うずくまっていた十季がすっくと立ち上がった。そして目に巻いた布をすぱっと解いて、くるりと体を柘榴さん、山吹さん、群青さんに向けて言った。

「見ましょう」

「見る?」

柘榴さんが返した。十季の言葉に戸惑うくノ一たちだった。

だが十季がきっぱりと言い切った。

「見ましょう。太吾さまのちんちんなど、見て照れるほどのものでもありません」

あのね。

「確かにそうだ」

と、柘榴さん。

「照れるほどのモノでもあるまい」

と、山吹さん。

「我らどうかしていた」

と、群青さん。

「見よう、あんなもの」

と、再び山吹さん。

聞こえてますけど。全部聞こえてますけど。

くノ一たちは、一斉に各色の布を解き、刺客ロボを見上げた。

と、同時に俺の股間をも見上げた。

「きゃっ」

四人のくノ一たちがまた一斉に黄色い声を出して手で目を覆い顔をそらした。

 ををーいっ!

お前らそんな殊勝な感じだった?

その時、刺客ロボ武甲丸(という名であることは後から知るのだが・・・)の7本の腕のウチ、俺を痛めつけている3本でない腕が高速で伸びたかと思うと十季を掴み上げた。あの十季が。あの武甲衆の藍さんと鋭い戦いを繰り広げた十季とは思えないほどの油断の十季だった。

「くぅ」

十季の油断を悔やむ息が漏れた。

十季は一度宙高らかに振り上げられる。刺客ロボはそしてその振り上げた腕を一気に俺に向けて振り下ろしてきた。

「んがっ」

塞がれた口で俺はたまげ声を漏らした。

腕は十季を俺に激突させた。

「ぐえっ」「く」

俺と十季が同時に悲鳴をあげた。

離してはまた激突させた。

「ぬがっ」「う」

やめろっ!

痛えええええーっ!

刺客ロボの野郎は、俺の大事な妹で・・・実際には妹じゃないけど、表面上妹で、俺を何度もぶちつけて来た。ふいに俺の体を掴んでいた腕が離れた。となると俺の体は95%フリーになったのだが、最後の5%の両足首を掴んだ腕はそのままである。

当然俺の体は逆さまに回転した。ロボは更にぐあっと十季を上に放り投げたかと思うと落下して来た十季の頭を摘んだ。

そして、まるでボロ雑巾の様に十季の体をバッテンに振り回しながら俺の体に鞭打つ様に当てた。いててててててっつーーっ!

さらには逆さになった俺の股間を公衆浴場でおっさんが手ぬぐいパンパンやるみたいにそれを十季でやって来た。

俺はもう悲鳴すら出ない。気絶寸前にダメージを受けていた。

「十季っ」

下から母さん・・・じゃない、柘榴さんが叫んだ。十季はあまりにも今は無力であった。何故だっ!

十季だけではない、くノ一たちが一様に冴えない。何故だっ!

あ・・・。もしかして、これか・・・。俺のこの状態・・・特に股露わが、くノ一たちの戦意を萎えさせているのかっ! 弱点かっ! そんなウブなことが弱点なのかっ! 確かに残りのくノ一たちも玄関先でこの状況を見上げているのみでやけに内股、および腰でひるみっぱなしだ。

そんな中、振り縛るように睨みつけて果敢にロボに向かってくるくノ一がいた。山吹さんだ。山吹さんは飛躍しながら忍者刀を抜いた。そしてロボの体を切り刻みはじめた。

さすがだっ!

さすがの山吹さんだっ!

ただいつも怖いわけではないぞ山吹さんっ!

いいぞっ!

一気にロボを倒しちゃって下さいっ!

ところが、ロボは全ブリキ製かと思いきや要所要所はどうやら鋼鉄であるらしい。

ぱきーんと、山吹さんの刀を折ってしまったのだ。

「ちっ!」

山吹さんが吐き出すように言った。その一瞬の隙をついて、素早く伸びてきた刺客ロボ武甲丸の手が山吹さんを襲い来て掴んだ。山吹さんの体は武甲丸の手によって自由を奪われた。

「ぬぐっ!」

山吹さんが苦しそうな息を漏らした。

ジャキーン。

武甲丸の手は、山吹さんを掴んだまま指の先端から鋼鉄の鋭い爪を伸ばしたのだった。

「ぐあっ!」

山吹さんは5本の爪により串刺しとなった。

「!」

俺は声を出せないままでいた。

冷静に実況をしているように見えるが、実際には武甲丸の別の手で振り回されているときによってしこたま一番俺のつらい部分を攻撃されたままなのだ。この実況は俺のようで俺でないものがしているのだ。いや、そんなことより山吹さんの運命はっ!

武甲丸が、爪を山吹さんから引き抜きながら手を広げた。血だらけの山吹がどさりと地面に落ちた。

山吹さんっ!

だが、落ちたのは8トラックカラオケマシーンの機械であった。

か、変わり身の術っ!

・・・にしてもスナックのママっぽくそんなレトロな8トラックのカラオケマシーンでなくとも・・・。俺も若いのによく知っている。

でも良かった。

や、山吹さんは?

見ると武甲丸の上空から山吹さんが落下しながら手裏剣を放った。

しかし、武甲丸のボディに手裏剣はことごとく跳ね返された。そしてさらにまた別の角度から武甲丸の手が山吹さんを襲った。手の指から再びジャキーンと鋼鉄の爪が伸びた。再び串刺しにされる山吹さん。武甲丸の手が開く。血だらけの山吹がどさりと地面に落ちた。だが、今度はレーザーディスクカラオケビデオマシーンであった。

いや、もう今時使えなくなったとはいえ、そう二度ともカラオケマシーンで変わり身って。

 

(つづく)

13

 

刀を折られ、手裏剣を弾き返された山吹さんに残っている武器はあるのか?

と、山吹さんは懐から透明のガラス瓶を取り出し武甲丸目掛けて投げた。

キーン。

だがその武器は虚しく武甲丸の頭部に当たって跳ね返った。それはサントリーウイスキー角瓶だった。

スナックで出た廃棄物かよっ!

「ちっ」とエアツバをはいた山吹さんを三たび武甲丸の手が襲った。

「ぬぐっ」

山吹さんがうめいた。ジャキーンとツメが伸びて山吹さんの体を貫通させた。

激しい血が噴き出した。

武甲丸の手が開いた。

どさりと山吹さんが地面に落ちる。

今度は・・・山吹さんはどんなカラオケマシーンに変わり身?

だが、地面に流れ出す山吹さんの血。うわーやられてるーっ! 山吹さん、オロナイン、オロナインっ! もうカラオケマシーンないのかーっ!

その地面に倒れた山吹さんを見てはっと目を覚ました様に柘榴さんが地上から手裏剣を武甲丸に向けて連投した。

山吹さんの手裏剣を跳ね返した手裏剣だったが、今度は全てが武甲丸のボディに突き刺さった。

だが武甲丸はダメージもなくなおも堂々と立ち覆ったままだ。でも柘榴さんの手裏剣攻勢は尽きることなかった。八方手裏剣、十方手裏剣、棒手裏剣、ナイフ、フォーク、スプーン、菜箸、割り箸、鍋、やかん、フライパン・・・ちょっとおー、手裏剣尽きてるよー。それ台所用品だよー母さんっ! 思わず母さんと言ってしまったーっ! 

だが、最後のフライパンが武甲丸の片耳を擦り飛んだ。武甲丸の耳から小さなボルトとバネの様なものがボヨンと弾けた。壊れた。無敵に思えた武甲丸がわずかに壊れたっ!  柘榴さんがその成果ににっとドヤ笑みを浮かべた。

が、その隙を突いて武甲丸がわずかに胸を反らせたかと思うと武甲丸の体に刺さっていた手裏剣の数々が一斉に弾き飛び、そのまま柘榴さんを襲った。柘榴さんは自らの手裏剣を全てを自分で受ける羽目になったのだ。

柘榴さんが、その衣装と同じ色の鮮血をほとばしらせその場に崩れ落ちた。

ざ、柘榴さんっ! オロナイン、オロナインっ!

その足元に崩れ落ちた柘榴さんを見てはっと我に返った群青さんがキリッと武甲丸を見上げた。そして自らの胸を鷲掴みにしたかと思うと引きちぎり武甲丸に投げつけた。

出たっ! 群青さんの爆乳爆弾っ! これで武甲丸を粉砕・・・いや、群青さん、今投げたのただのブラっす。

群青色にピンクの細かな花柄を散りばめたほんのり可愛いブラっす。

「くっ、しまった。寝る前だったので爆弾は外していたっ」

そう言えばすっかりさっきは寝る前の歯磨きをしてましたねっ!

武甲丸の伸びた手が飛んできたブラをも丸ごと引き込んで群青さんの頭部を掴み包んだ。そして宙に持ち上げたかと思うと地面に叩きつけ叩きつけた。

群青さんは柘榴さんの脇にぐったりと動かなくなった。

群青さーーーーんっ! オロナイン、オロナイーーーーーーーンっ!

 

14

 

くノ一が全滅した。

山吹さんは武甲丸のツメの餌食となり、柘榴さんは手裏剣返しをされ、ふたりとも血を流して地面に倒れている。群青さんも激しく地面に叩きつけられふたりの横に転がっている。そして、十季は、俺の股の間にぐったりと気を失っていた。俺は相変わらず素っ裸で、両の足首を武甲丸のふたつの手で真一文字に開かされていた。体はずっと逆さまに吊るされていた。十季はそんな俺の股の間にぐったりしていたのだった。俺もだった。俺も十季の体で散々鞭打たれ、朦朧としていた。

くノ一が全滅した。

絶望的であった。

助かる見込みは、もうなかった。

ぐいっと、俺の足首がまたもや左右に強く引っ張られた。

うぎやーーーーっ!

もう俺はむしろこの痛みから解放されたかった。もういいから俺の股を割いてしまってくれっ! そして俺はそのまま安らかにあの世に行きたい。楽になりたい。もうなんにも望まない。

あぎあがうぐあーっ!

股がはち切れはじめていた。

「たいご…さま…もうしわけ…ございませぬ…」

俺の股間でほとんど気を失っているはずの十季の声がかすかに伝わって来た。十季が…。あきらめた…。ああ…すべての望みは絶たれた。

 

その時であったっ!

 

ジャキーン

ジャキーン

と、高く鋭い金属音がした。

朦朧としていた俺には即座に何が起こったのかわからなかったが、次の瞬間、俺は股間の引きちぎれる痛みから解放されたのだった。

武甲丸の、俺を掴んでいた二本の腕…触手が、本体の肩口から切断されて空(くう)に舞っていた。

そして…。

その武甲丸の前の宙には、大刀を振り下ろした態勢の…。

「あ…藍さんっ!」

藍さんが…藍さんがいたっ!

藍さんがっ!

あ、藍さんではなく、黄土…さん…くん…なんだけど…でも、藍の装束に身を固め、俺をあの大萬公園で守り死闘を繰り広げてくれた、あの藍さん…あの藍さんにしか、…俺は見えない。

藍さんがいたっ!

藍さんが助けに来てくれたっ!

股裂から解放され、ゆるりと落下をしながら、俺はその藍さんの勇ましい姿を惚れ惚れと見上げていた。股間に引っかかっていた十季が落下しながら俺の体からゆっくりと離れた。

上空の、藍さんが持っていた大刀が、パキーンという音を立てて割れた。

普段の短くまっすぐな忍者刀ではなく、藍さんの身長をも越えるほどの大きな刀であった。藍さんはその大刀で武甲丸の腕を肩から切り裂いたのだ。そしてふたつの腕を刻んだ大刀はポッキリと折れてしまった。

折れた大刀の残った刃を一瞬見た藍さんはそれを投げ捨てた。宙で身を翻すと武甲丸の胸板にキックをした。武甲丸を倒そうという目的ではなく、そこで弾みをつけて、藍さんは落下する俺たちに弾丸のように向かって落ちてきた。地面すれすれに、叩きつけられる寸前に、藍さんは両の腕に俺と十季を抱えて自分の足ですたんと静かに着地した。

十季を地面に速やかに寝かせ、俺をもまた柔らかく尻から地面に置いてくれた。十季を腕から離すと藍さんが俺に抱きついた。

素っ裸の俺に。

藍さんの左腕が俺の右腕ごと抱きしめ、背中に回っていた。そして右の腕を俺の左の肩から後頭部を包み込むように抱き寄せていた。そして、藍さんが俺の頬に自分の頬を密着させた。藍さんの身体の体温が伝わってきた。

藍さんは、さらに腕と頬を強く押し付けてきた。

「太吾さま…」

そして、そう震えるように囁いた。

 

15

 

そして、藍さんの手が、俺の股間の…その、亀裂が入ったかのようにひりひりとしていた足の付け根の部分を優しくさすった。

あ…藍さん…。

「おいたわしや…」

藍さんの伏し目がちな目が潤んで震えていた。藍さんの手は優しく優しく俺の股間を撫でた…あれ、へ、へんなこと書いてる俺?

でも…でも、書き方はへんだけど、その藍さんの傷をいたわってくれる気持ちが俺には、じかに伝わって来たんだ。藍さんの愛撫で、俺の傷の痛みは次第に薄くなって行った。…あれ? 俺またへんなこと書いた? 愛のある撫で方だから…愛…撫でいいんだよね…。ね…。

「オ・ウ・ド…」

突如、くぐもった声が天から響くように聞こえてきた。

ピクリと反応した藍さんの手が止まった。

俺もドキッとしたぞ。恐ろしく呪いのこもった声だった。

「ウ・ラ・ギ・ッ・タ・ナ…」

その声は…どうやら武甲丸の頭部の辺りから聞こえてきた。しゃ、喋るんか、このロボはっ!

藍さんではなく「オ・ウ・ド」黄土と呼んだ。そして「裏切り」という言葉を発した。

そうだ。藍さんは、藍さんではない。秩父忍ビ三峰衆の七くノ一のひとりであった藍さんではなく、その藍さんになりすまして俺に近づいた秩父忍ビ武甲衆の刺客、黄土…さん…くん、だったのだ。

「ウラ・ギリ・モノ・ハ・死・アル・ノミ…」

武甲丸からそんな響きが聞こえたかと思うと、ひとつの腕の手の先から突然炎がゴオと発射された。炎はうねる竜のように…って竜なんか見た事はないけど、だいたいそんな感じで恐ろしげな音を立ててこちらに襲い来たっ!

うわあーっ!

藍さんが素っ裸の俺の肉をむんずと掴むと驚くべき力で俺を放った。同時にかたわらの十季を蹴った。俺は宙を舞った後、地面に叩きつけられ転がった…が、まるで痛みはなかった。藍さんの術みたいだ。柔らかく俺を傷つけない放り投げの術だった。蹴られた十季も転がり、また俺のかたわらにおさまった。まだ気を失っている様だった。十季には…蹴りなんだ…。

その場に残った藍さんを、竜の炎が襲った。一瞬のうちに藍さんが火だるまとなった。

藍さんっ!の、黄土さんっ!

だが炎の中から藍さんの声が聞こえた。

「武甲忍法 火炎返しっ!」

途端、炎は弾かれたようにうねり返り、逆流した。そして武甲丸の本体を襲った。

に、忍法っぽいの出たーっ!

武甲丸はにわかに自分から発した炎に包まれ、燃え始めた。木製の部分が多いのでよく燃えた。

藍さんは…というと、炎を返しはしたが、すでに一度浴びた炎により戦闘服を焼失させていた。

藍さんは、ほとんど素肌のままとなっていた。そこに、おしるしばかりの鎖帷子で出来たパンツ…パンティ? いや、腰蓑…なんかそんなものをまとっていた。全身はすでに焼け焦げた跡が見えた。

藍さんの素肌は、焼け焦げを負っていても白く透き通る美肌であることが分かった。同時に、やっぱり、藍さんではないことも…。

その姿は…それにしては恐ろしく細身ではあるが…確かに女性ではなかった。

俺はいろんなことで頭がいっぱいになっていた。だが、そんな混沌とした中で率直に脳裏に浮かんだ言葉は…

美しい…

だった。

藍さんの裸体は…美しかった。

ああ、それなのか。

この状況で俺の脳は、藍さんに見とれよと命令を下していた。

藍さんは、はっと俺を肩越しに見た。そして、露わになった自分の胸を腕で隠した。それが余計に俺にはやられる要素であった。

か、可愛い…。

素っ裸の俺と素っ裸の藍さんみたいな黄土くんが、戦闘の中ではにかむように見つめ合っていた。

さくっ

ん? 俺の地面に着いた左手の手首部分の上あたりに微かな痛みを感じた。見ると…ボールペンほどの小さな苦無の先が手首に当たっていた。苦無を持っていたのは…気絶したままの…十季だった。

 

(つづく)

| 大地丙太郎 | くのいちせぶん | 22:34 | comments(0) | - |
くのいちせぶん 2話 03
 背中から尽きたてられた刃に声もなく仰け反った群青はそのまま落下し、ペントハウスの壁とその脇にあった給水タンクの狭い隙間にぐしゃりと挟まりこんだ。藍がタンクの上に着地した。わずか15cmほどのその壁とタンクの隙間の奥深くに群青の体は逆さまに挟まっているのが見えた。

藍はその隙間目掛けて忍者刀を突き立てた。が、群青の体に刃が到達しなかった。「ちっ」と舌打ちして藍は黒い丸薬状の火薬を取り出したが、その使用をためらった。おそらくここで群青にとどめを刺すために爆薬を使ったら、給水タンクまで傷つけ校舎が水浸しになり大事になってしまうだろう。
今は太吾暗殺という指令で動いている身の藍は、群青のとどめを断念せざるを得なかった。授業開始のチャイムがなり、群青に向けていた鬼のような形相を解除した。藍は再び教室に戻り、粕太郎と穏やかで明るい笑顔を作りうわべのラブコンタクトを交わし、放課後を待ったのであった。

その屋上での鬼の形相を戻した藍が、いま、蹴り転がした群青に向かっていた。
太吾暗殺に使うはずだった小刀を振り捨てた藍が、腰の後ろから忍者刀を抜きはなった。
「息の根を止めておくべきだったな」
俺は藍さんの豹変に尻餅をついてぶるぶると震えて見ているだけだった。
たった今まで、あんなに甘い声で俺を誘っていた藍さんが、今、血まみれの群馬葵に刃を向けていた。
藍さんはなんのためらいもなく、群馬葵先生の薄い胸に刀を突き刺した。
「ぬぐっ」
と、身をそらして群馬葵が、うめき声を漏らしてそのままぐったりとした。
先生っ!
だが、藍さんが突き刺したのは錆にまみれた鉄のパイプであった。
「変り身かっ」
いつのまにか藍さんの背後に回っていた群馬葵が背中から藍さんに刀を突いた。咄嗟に避けた藍さんが体を回転させながらまた葵先生を足蹴にした。葵先生が転がった。葵先生は血まみれのままうずくまった。
藍さんがそんな葵先生を容赦なく何度も足蹴にした。ぼろ雑巾のようになった葵先生が鬼のような藍さんに徹底的に痛めつけられ苦しそうなうめき声をあげた。
俺は、ただその地獄のような光景を見ているだけだった。
見たくもないのに。
見たくもないのに、涙を溢れさせながら俺は見ていた。
藍さんが、どうしてこんな残忍なコトをしているのだ。俺が憧れていた藍さんは、今、俺の目の前にいる人なのだろうか?
そして、おそらく俺を守るために俺の周囲に配置されたくノ一であろう、群馬葵先生が、今、藍さんに徹底的になぶられている。
「や
やめろーっ!と、叫びたくて声をあげたつもりなのに、俺は恐怖で声が出なかった。
藍さんが、再びつり上がった目のまま、葵先生に刃を突き立てようと振り上げた。
俺は、半分腰を抜かした状態だというのに、そんな藍さんに突進していた。しなくちゃいけないと体が動いていたのだ。藍さん、それはいけないっ!やめろっ!人を殺(あや)めてはいけないっ!
必死だった。
だが俺はこんな状況になった時にどうすればいいのか、そんな訓練さえできてなかった。アタマの中では突進していたのだが、実際には腰が抜けたままだった。
藍さんっ!
群馬先生っ!
しゅるっ!
ざくっ!
とどめを刺さんとばかり大きく刀を振り上げた藍さんの右手首に手裏剣が刺さった。
「う」
小さく漏らして藍さんが右手首をかばいつつよろけた。
手裏剣の飛んできた方向から鴇色の影が藍さんに突進して来た。
十季だっ!
藍さんが手首に刺さった手裏剣を投げ捨てた。藍さんに突進する十季の手から矢継ぎ早に手裏剣が放たれた。藍さんがそれをすべて刀で弾いた。その間に十季が藍さんとの間合いを詰めていた。十季の忍者刀が藍さんに走った。藍さんは体ごと交わしながら自分の刀で受けた。
右で受けたその次の瞬間に十季の刃が返り左から襲う。藍さんが受け、同時に引いた刃は今度は藍さんを突き、上から下から左へと十季の刀は目にも止まらぬ速さで藍さんを攻撃した。藍さんはソレをすべて忍者刀で跳ね返した。
刀の動きを最小限に抑えないと十季の刃は少しの隙にでも藍さんに最大ダメージを与えるだろう。十季の太刀は十季の体の回転とともに繰り出された。回転の勢いに乗りスピードが増していった。藍さんが十季に押されて2メートル後すさった。十季は藍さんを群馬葵先生から引き離していた。
十季の攻撃をかわしながらも藍さんは防御から攻めに転じる機会を狙って何度か打って出るが十季の身体裁きは圧倒的に速かった。十季の体の回転に足の回転が加わり、何度となく藍さんが十季の蹴りの攻撃を受けた。十季は両の足を交互に藍さんに繰り出した。
十季は刀と両足、左手の熊手のような武器(手甲鉤って言うらしい)を含めて四肢全てを駆使した。一方的に十季の攻撃を受けていた藍さんも十季に同調するように回転を始めた。それにより十季の攻撃からのダメージを弱めているようだった。
十季が攻め藍さんが受ける。藍さんが突く。十季がいやもうあとは俺の動体視力では解説無理の域。藍さんの裁きはダンスのように華麗で十季は新体操の選手の様にしなやかであった。今その目の前のふたりの死闘がなにか芸術的なコラボレーションに見えて俺は状況も忘れて見とれてしまった。
美しかった美しいよ藍さんも、十季も
あまりの光景に一周してそんな勘違いをしていた俺が目を覚ましたのは、藍さんが十季の突きの攻撃をかわしその腕の中に飛び込んだ時だった。
藍さんの左手に持った手裏剣より少し大きめの武器が(くないって言うらしい)内側から十季の腕を斬り上げた。十季の右腕から血が吹き散った。
「☆っ」
十季の口から声にならない音がかすかに漏れた。
「十季っ!」
十季が斬られたっ!
十季がっ!
妹がっ!
俺は思わず飛び出していた。十季に向かって。よろける十季を俺は受け止めた。抱き寄せた。妹を守りたかった。藍さんに妹は殺させない。
十季は一瞬俺に身を委ねるかと思ったが、すぐに態勢を戻し、俺を押し戻し、藍さんに向かった。俺はよろけて地面に尻餅を付いた。
俺など引っ込んでろという十季の意思を感じた。
俺は所詮、守られる立場にいる非力な大萬粕太郎こと萬粕太悟なのか。十季のおにいちゃんなのに
藍さんに向かった十季はしかし藍さんの力いっぱいの表回し蹴りに弾き飛ばされて地面に転がった。
藍さんのこの力に任せた攻撃はさっきまでの美しいふたりの攻防からがらりと変わっていた。転がった十季を藍さんが徹底的に蹴り、踏みつけ痛めつけた。何度も十季に刃を突き立てた。十季は転がりながら蹴りは全て受けつつも刃の攻撃だけは紙一枚にかわしていた。
藍さんの凶暴な蹴りに小さな十季の体が放られ、大萬公園の太い木の幹に激突した。同時に俺を振り返った藍さんが俺に向かって来た。
まるで非防備でいた俺に藍さんの刀が真一文字に迫って来た。
俺は死ぬのだと思った。
もう、絶対に回避出来ないと思った。
グサリと藍さんの刀が俺の腹に突き刺さった。
気が遠くなる気がする中で俺は目を閉じていた。
藍さんが、俺を刺したのだ。藍さんが俺を
ん?
刀が腹を刺している感覚と別の感触がすると思い目を開けた。
十季がいた。
俺をかばい、抱きしめるようにして十季がいた。
藍さんの剣が刺さったのは十季の体だった。一瞬早く俺に抱きついた十季だった。
だが痛みが走った。俺の腹に。
刃は十季の背中から腹を貫通し、俺にまで到達していた。
俺の腹から大量の血が流れ出ていた。
やられた。
俺は藍さんにやられた。
俺は俺は死んぢゃうんだ。ああああああ十季が身をもって守ってくれたのに、残念ながら、ダメだった俺は死ぬ
涙が涙が流れ出た。腹から流れる生温かい血と目から溢れる冷たい涙と、俺の体の中から水分がどんどん抜けて行った
いや?
いや、まて
違う。
この血は俺のじゃない。
俺は冷静に刃先を見た。藍さんの剣は、十季を貫通した後、俺の脇腹をややかすったのみでほとんど外れていた。
それは俺の血ではなく十季のものだった。俺の腹に触れたのはほんのわずか。カッターの刃がかすったくらいだ。それでも俺には相当な痛みだったのだが。
十季が藍さんの刃を受けた時に貫通した刃が俺に触れないように身体をずらしたのだ。俺を守って。
十季。俺に回した腕から力が抜けて行くのがわかった。
十季の目が虚ろになりゆっくりと崩れて行った。
最初はそれを、俺は見ているだけだった。
「十季」
十季は答える言葉もなかった。
十季はずるずると崩れて行った。
十季、十季ーっ!
お前まで、お前まで俺のために命を落とす気かっ!
「ちっ」
と舌打ちして藍さんが刀を引き抜いた。
支えがなくなって一気に崩れる十季を俺は抱きとめた。
その十季を藍さんが思い切り足で蹴払った。十季が俺の腕の中にほとんどとどまらないうちに吹っ飛び地面に転がった。
無防備になった俺に再び藍さんの刃が襲い来た。
やっぱり俺は死ぬのか。
だが、その藍さんの体に無数の手裏剣が襲った。
「ぎゃっ」
その手裏剣の勢いに藍さんがのけ反って倒れた。
手裏剣が飛んできた方から山吹色の忍び装束が大きくジャンプして来て、俺のすぐ前に着地した。
七くノ一のひとり、山吹さん18才だ。
口元は装束のマスクで隠していたが、あの凛とした目で俺を一瞥した。
俺の無事を確認すると、山吹さんは転がった藍さんに向かった。山吹さんが藍さんをめった蹴りした。マスクでそのきりりとした冷静な目しか見えないだけにその行為がヤケに残虐に見えて、俺は思わず尻から崩れた。
その俺を背後から柘榴さんが支えた。
「太吾さま」
短く柘榴さんが言った。
助かった。そう思った。柘榴さんの声が、もう懐かしく、そして安心を呼んだ。
山吹さんが転がった藍さんに刀を突き立てた。
「!」
山吹さんはためらいなく藍さんにとどめを刺す積りでいた。
「待ってっ!」
自分でもびっくりした。
体が自然に藍さんにダッシュしていた。
俺は藍さんに覆いかぶさった。
「待って、殺さないでっ!」
勝手にそう叫んでた。夢中で藍さんを守って抱きしめた。
刀を振り上げていた山吹さんがその手を止めた、が。
「こやつは藍ではありません」

(つづく)



17くのいちせぶん
2
話「ストップ!くのいちくん!」

その10 2話最終章

そう冷ややかに言った。
「え?」
「太吾さま」
柘榴さんが俺を軽く掬い上げるようにして藍さんから引き離した。同時に山吹さんが藍さんの胸ぐらを乱暴に掴み、着ていた制服のブラウスを引きちぎった。
「あっ」
声を上げたのは俺だ。

藍さんの上半身がむき出しになった。山吹さんはさらにためらいなくブラジャーも引きちぎった。
「きゃっ」
と藍さんが言って両の腕で胸を隠した。
が、さらに山吹さんは容赦なくその腕をひねり上げた。
藍さんの胸が露わになった。藍さんの平たく薄い胸が。
俺はとっさに目をそらした。
って、え?
「殿」
山吹さんが言った。ご覧ください、と言う意思表示だった。

それでもまともに目の前の藍さんのあられもない姿を見るのは気が引けたそこにいる藍さんは、確かに
確かに
男だった。
山吹さんが、藍さん藍くん? いや、取り敢えずまだ藍さんで行きますが、藍さんの腹を力まかせに踏みつけた。
「うぐっ」
と、唸って藍さんが、地面に倒れ込んだ。
山吹さんが、クールな目を俺に向けた。
「藍は死にました。この者は藍に化け、殿の命を狙いに来た武甲衆の忍者です」
そう言って藍さんに刀を立てた。
「やめてっ」
俺は叫んでいた。
山吹さんの手が再び止まった。
俺は柘榴さんの手を振りほどき再び藍さんを覆いかばった。
「頼む、やめてくれ。この人が藍さんでなくても、俺には藍さんにしか見えない。せっかく生きていた藍さんなんだ。もう一度死なせるなんて、出来ない」
「殿、おどき下さい。こやつの息の根を止めるコトが私の使命」
山吹さんは怖いくらいに非情に言った。
涙が溢れ出て来た。どうしようもなく。
俺の涙が、藍さんの薄い胸の上にこぼれ落ちた。
俺は動かなかった。
「殿っ」
どけっと責めるような強い口調で山吹さんの声が俺の耳を突き刺した。
だが俺は動かなかった。動かないよ。動くものか。藍さんを、俺は守りたいんだ。今度は俺がっ。
「とののおっしゃるとおりにしてくださいませ山吹さま
かたわらの地に横たえ身動きもしないままだった十季が言った。俺は十季を見た。十季の顔は見えなかった。俺からは後ろ向きの体であった。死んでしまったかとも思っていたので嬉しくなった。言葉は発したが十季は少しも動かないままだった。血はもう止まっているように見えた。
山吹さんが、小さくちっと舌打ちをして十季を睨んだが、やがてパチンと音を出して剣を収めた。
「知らぬぞ」
山吹さんはそう言ってから、
「いや、俺も刃を収めたからには覚悟はしていよう」
と付け加えた。
山吹さんが、藍さんの腹から一旦足をどけ、もう一度ずがっと蹴飛ばし、さらにもう一度踏みつけた。
「がっ」「ぐっ」
と、藍さんがうめいた。俺はその度に藍さんをかばって抱きしめた。
なんてとても思えない柔らかな体だった。
山吹さんは不満そうに背をむけた。
「二度と殿の前に顔を出すでない」
そう言ったのは柘榴さんだった。
その声を聞いて、ぼろぼろの藍さんが、静かに俺を払いのけた。
俺は、離れるしかなかった。
藍さんがよろよろと立ち上がった。
俺たちに背を向けたままのろのろと歩き去りはじめた。
かに見えたが、さっき山吹さんに蹴られた時に放り出され転がっていた藍さんの忍者刀の近くに来た時に、藍さんがふと止まり、その刀を素早く広い刃を自分の首に当てた。
はっ!
っと思ったその時に柘榴さんの蹴りが藍さんの手首に当たり、藍さんは忍者刀を飛ばした。
「あっ」
蹴られた手首を反対の手でかばい、無念の顔を藍さんは柘榴さんに向けた。
「太吾様のお気持ちがわからぬか、去(い)ね。生きて消え失せろ」
柘榴さんが藍さんに浴びせるように言った。
藍さんが、また、のろのろと、歩き出した。
今度こそ、藍さんは、俺たちのいや、俺の前から、去って行ったのだった。

2 おわり(第3話につづく)

| 大地丙太郎 | くのいちせぶん | 21:21 | comments(0) | - |
くのいちせぶん 2話 02
 ずっと気になりながら、何処かで否定したかった藍さんの生死のことはもう、諦めなくちゃいけないのかな

涙が
涙があふれてこぼれ落ちる。止めどもなく。湯の中に俺の涙がぴたぴちと音を立てて落ちた。
悲しくて悲しくて
「藍さんっ!」
俺は声を出して嗚咽した。
十季の手が、すっと俺の首に巻きついて来た。もう一方の手も、俺の背中回り込んだ。
十季が身を寄せて来た。
小さな十季が、俺を包み込むように抱きしめて来た。
十季の顔が俺の首筋まで密着した。
乳ももも、密着して来た。
そして、十季の唇が、俺の耳をかすめた。
「ご心中、お察しいたします、殿
そう言って、多分忍法肌さわりなんだろうな俺の溢れ出る哀しみと、やるせなさと、後悔と、それから、それから、もう説明のつかない、つらい感情を、十季はその小さな体で吸い取ってくれている
十季
十季
俺は、今すべてを十季に委ねたかった。
「十季十季
泣きながら俺は十季の名を呼んだ。
十季がまた耳元で囁いた。
「ご安心ください、殿。私ども残りの七くノ一、殿に心を奪われるようなことは決してございませぬゆえ」

なんか涙がぴたっと止まった。
この状況で裸で俺を抱きしめている状況でその言葉はぎゃっぷ?逆にぎゃっぷ?
がたん。
風呂の戸が開く音。どきっとして俺はそっちを見た。
「ぎゃっ!」
俺はまた目を剥いた。
そこには全裸のかあさんじゃなくて、柘榴さんがっ!
十季のこめかみが何故かぴくりとした。
かたり。
後ろ手に戸を閉めた柘榴さんがすすすと近付いたかと思うとぽちゃりと湯殿に入って来た。
ちょっと、この湯殿じゃねえよ、湯船は家庭の0.75坪用のちっちゃいのよ。
本来一人用よ。
そこに三人もっていうよりもっと問題なのは、俺、十季、柘榴さん全部裸っ!
裸でぎゅうぎゅう。
「柘榴さま
多少嫌悪のまじった声で言ったのは十季だった。
「私とて太吾さまをお守りしたい。なにが悪い」
「悪いなどということはございませぬが
「十季、わきまえよ。太吾さまから離れよ」
「聞きませぬ。今、殿には忍法肌さわりが必要
「その術であれば私とて会得しておる、太吾さま」
「え?」
柘榴さんが俺の体に身を寄せて来た。
がう〜。
柘榴さん、十季と違って、結構ボリュームありますよ乳っ!
「私に身をお任せくださいまし」
と、柘榴さん。
「殿、私の肌さわりの方がようございましょう?」
「このような小娘の肌より、この成熟した柘榴の肌をご堪能下さいませ太吾さま」
わーーーーーっ!
わーーーーーっ!
なにこれなにこれ〜?
俺の今はなんなのぉーーーーっ?
とろけるーーーっ!
天国すぎるーーーっ!
爆発するーっ!
我慢出来ない爆発するーっ!
「殿?」
「え?」
甘くも冷静な声を耳元で囁いたのは十季だった
「ご安心下さいませ。私どもが殿にこころを寄せるコトは決してございませぬ故
「あ
「使命にて、お守りいたすのみにございます」
柘榴さんも甘い声で補完ささやき
「あ、はい

爆発はしなかった。

これまで入った風呂で一番ぽかぽかドギマギいろいろアップダウンを体験した俺は今ベッドの中だ。
で、あの俺の左には十季、右には柘榴さんがぴったりと俺に寄り添っているんですけど
人生初の添い寝が両脇を固められての3じゃなくて川の字とわ。
汗。
しかし、このシングルのせまいベッドになにも川の字にならなくても。
俺は天井を見ている。
ちろと左を向くならば、まんじりともせず5センチの距離で俺を見つめている十季。
汗。
慌てて右を向けばこれまたまんじりともせず5センチの距離で俺を見つめている柘榴さん。
「「いつ敵が襲い来るやもしれませぬ」」
なんかふたり同時に言う。
そんな近くで守らなくても
「「片時も油断はなりませぬ故」」
ふたりの手はしっかりと俺の体の上をガードするよう添えられていた。
今、ガードするようにと言ってはみたが、もっとわかりやすく言うとふたりのおんなの子にぎゅうーっと抱きしめられているのであった。
シアワセ過ぎるような、ちっともそうではないようなどっちなの?
ほんとに来るのか?
敵来ないでこのままの感じでいつまでもってのも悪くもないような、悪いような。なんだか考えるコトすら分からなくなって来た。
いつしか俺は深い眠りにつこうとしていた
あまりに衝撃的な一日が終わろうとしていた。
目が覚めたら、いろいろ元通りになってるかも知れない。なってるといいな。
それが一番正直な希望だと、俺は眠る直前に思った。

寝た。

起きた。

「殿、ご無事のお目覚め、なによりにございます」
寝た時と同じ体勢のままの十季が5センチの距離で言った。
「太吾さま、朝餉に致しましょう」
5
センチのところで柘榴さんが言った。

そしてNASAに捕らえられた宇宙人のように十季、柘榴さんに両脇を抱えられて、階下に降り連行される。

食卓についた。つかされた。
今の今までベッドの中に一緒にいたにも関わらず、柘榴さんはあっという間にに朝食を出した。
忍者かっ。

忍者なんだよね
米のご飯と焼き魚、海苔、ひじき質素であるが健康的な健康的ではあるけどうーん、なんか居心地が悪い。
あの、目玉焼きに茄子の漬物添え、豚汁とトースト、日本茶という、わが大萬家ではごく当たり前ながら、どうもテレビ雑誌なんかで入る情報からみるとアンバランスな朝食は?
「あれは私が忍法人変幻にて大萬満子(45)というキャラを演じておりましただけでございます故」
あ、そうなの
忍法人変幻
ま、よくわからないですけど

そんで
俺がこのバランスの良い朝食を戴いておりますその間、すぐ脇の床にかしずいている十季。
い、居心地悪い

あ、そうだ。

俺、殿なんだよな。
そうだよ、殿だったらもっとエラそうにしていいんじゃね?
こんなおどおどすることないんじゃね?
よしっ!

「そ、そのほうらっ!」
俺は目一杯時代劇調で言ってみた。
十季が目を丸くして俺を見た。
柘榴さんも流しの前から目を丸くして俺を見た。
ふふふ、びっくりしたか?
余は殿であるぞ。
「そのほうら、余はやりにくいっ。いつものようにいたせっ」
おお、なんか殿っぽいぞ。
気持ちいいぞ。
俺もやれば出来るんだな殿様。
やっぱり俺は根っから殿様なんだな、えっへん。
えっへん。

ん?
なんか反応薄いな。
なんでふたりとも黙ってんの?
「そのほうら、聞こえた? これまでのように、昨日までの様に、十季は妹のごとく、柘榴さんはかあさんで、何時ものような朝ごはんを出し、風呂もベッドも余をひとりにさせよ」
「太吾さま」
十季が俺の言葉を遮るように言った。
「私どもは殿を敵の攻撃からお守りするのが役目にございますゆえ、そのようなご命令にはお受けできかねます」

あ、そうなの

(つづく)

12くのいちせぶん
2
話「ストップ!くのいちくん!」

その5
「余はっ」
と、ふたたび言ってみる。
「余は学校に行くでおじゃるっ」
ん? おじゃるじゃないか?殿様の語尾ってどう言うんだっけ? 
なんかよくわからん。
とにかく俺は学校に行きたい。
俄然行きたくなって来たぞ。
いつものようにしたいのでおじゃるあ、ござるだ。ござるでいいんだきっと。
十季と柘榴さんが軽く戸惑ったように顔を見合わせた。
俺はズカズカと二階に行き、鞄を持って、十季の目も柘榴さんの目も見ないで外に出た。
何時もの光景だった。
昨日と同じよく晴れた天気だった。
清々しい朝の空気だ。
平和に見える。
いろいろあったが平和に見える。
俺は大萬高校に向かう。
だが
だが、そこには昨日と決定的に違うことがあった。
大萬高校に、今日からは美山藍さんはいないのだ。
それを思い、俺はまためまいがして目をつぶった。つらい。
つらい。
またもや十季に聞いた藍さんのことが頭を巡って来た。
藍さんは俺を守るくノ一だったのだ。そして俺の命を守るために、敵とともに爆死した
いやだ。
このことを考えるのはいやだ。
少し息が荒くなってきた。 それでも足は学校に向いていた。
「おにいちゃん」
十季の声がした。反射的に振り返ると、十季がすっと、腕を絡めて来た。
「途中まで一緒に行こう」
「十季」
十季は大萬中学の制服を着ていた。
あ。
十季。
十季はにっこりと俺を見上げて笑った。昨日までの十季がそこにいた。
あんなことを言いながら、十季は俺の命令を受け入れたのか。
俺はヤケに照れ臭くなった。
十季が一段と可愛いく思えたからだ。
「あれ、顔、赤いよおにいちゃん、妹に惚れんなよ」
「な、なにをっ」
「にひひひひ、妹モノのエロ本好きの変態アニキだからね、危険だ危険だ」
「ち、違うって言ってんのっ!アレは徳永がっ」

昨日と同じ様に十季は、まるで昨日と同じように振舞ってるんだ。
余の命令じゃない、俺の言うコトに従ってくれたんだ。
スナックどろんの前を通る。
また朝のママがいる。
昨日と同じように化粧もすっかり落ちてパーマ髪をバッサバサに無造作に後ろでひっつめて、くわえ煙草でオッパイ丸見えの胸がずろーんと開いたシャツというだらしない格好
じゃない。
な、なんかキリリとした目でこっちを見てる。
とろんと眠そうな死んだ目ではなくキリリっ!
髪もストレートだし、キュッと後ろで束ねて清楚。シャツもキチンと上のボタンまで締めて、タイトな紺のスカート、黒のストッキングにヒールで、朝のスナックのママ感ゼロ。った俺の方がどうかしている。
む、むしろ出来る女、案外丸顔だけど、まるで、大企業の重役についている有能な美人秘書っていう感じだ。一瞬でも、ああ、またスナックどろんのママがいると思った俺の方がどうかしている。
そのママ(感ゼロの美人秘書風の女)が、しゅっとひざまずき俺に頭を下げた。
なにっ?
ママ(感ゼロの美人秘書風の女)がキリッと顔を上げ、透き通った凛とした声で言った。
「殿、これまでのご無礼、お許しくださいませ」
ええええーーーーーーーーっ!
マ、ママもぉーーーーーーーーっ!?
ママもママもママもく、くく、くノ一っ?
と、息を飲んだ時、十季が俺の腕からするりと抜けて素早くママ(感ゼロの美人秘書風の女)の脇に行き、スッと短く耳打ちをした。
ママ(感ゼロの美人秘書風の女)は十季の耳打ちにフと小さく反応し、やや眉間に小皺を寄せ、十季を見た。
十季がまた素早く俺の腕の中に戻って来た。
ん?と俺は十季を見たその瞬間、あの下品なしゃがれ声が聞こえた。
ママ(感ゼロの美人秘書風の女)は、やや不機嫌そうに戸惑う表情を見せた後、
「なんだいなんだい今日も朝から熱いな粕タロー」
と、てんでだらしのない口調に戻った。
はあ?
改めて見ると、この一瞬であのきりりとした出来る感じの美人秘書は、化粧もすっかり落ちてパーマ髪をバッサバサに無造作に後ろでひっつめて、くわえ煙草のオッパイ丸見えのスナックどろんのママになってガニ股で立っていた。
あ、十季
十季がいま一瞬に「殿の前ではいつも通り振るまれよ。殿はそれがお望みである」とか耳打ちしたに違いない。
そ、それにしてもスナックどろんのママも七くノ一のひとりなんすか
んじゃ、あのとうさんが酔っ払ってママに担がれて帰って来たことも、その度にかあさんが不機嫌だったかとも、俺の前で普通の家庭を演じていたというコトだったのか。
くノ一て。忍者て。
「妹ですよ〜」
十季がママに言った。
「ね」
そう言って俺を見た。
え?な、なんだよ、俺にどうしろというの?と、と思いながらも俺はママに、
「い、妹ですよお〜」
と、返していた。
なんで俺がもう正体もばれたママに向かって芝居を打たなくてはならんのだ。余の命令が余に跳ね返って来たでおじゃるあ、ござる。
「おめえにそんな可愛い妹がいるはずねえだろ〜ばーか」
と、ぞろんと垂れたノーブラオッパイを揺らしてママはガハハと笑った。
は、はは
俺は一世一代の苦笑いをした。
なんで俺のコトを守るくノ一のひとりにこんなコト言われなくちゃ行けないんだよ。
また余の命が余に跳ね返って来たことにダメージを受けている俺であった。
いやしかし、あのママも忍法老け化粧?案外19才とかだったりして〜。
「山吹は18でございます」
俺のココロを読んだ十季がすかさず囁いた。
じゅーはちい〜っ⁉︎
そんで山吹さんて言うんだ
山吹さん、18才。
ちょっぴりさっきのきりり山吹さんにもう一度会いたい気持ち
なんてちょっとでれっとしてたら、痛っ!
え?
十季が絡めた腕をきゅっとひねって来た。
な、なに?
十季を見たが、ヤツはフイと目をそらした。
なに? え? なに?
今の、ちょっと山吹さんに向けたデレに怒った?
え?
なんで?

(つづく)

14くのいちせぶん
2
話「ストップ!くのいちくん!」

その7
「じゃあね、お兄ちゃん」
明るく言って十季は昨日と同じに背を向けて大萬中学に向かって行った。俺は十季の後ろ姿を見送った。俺を守る七くノ一の鴇である十季は、普通に中学に行って授業に出るのだろうか?
「十季ーっ」
思わず俺は声をかけた。
十季が振り返って、まるで妹の様ににっかーっと笑って手を振り、再び中学の方へ駆けて行った。
昨日はこの別れ際にドンとヤツに蹴られたっけ。そして蹴られた先には、藍さんがいた。
そう、藍さんが、いたのだ。
「十季ちゃんて言うのかあ〜」
と、気持ちの悪い声でため息交じりにつぶやいたのは徳永英康であった。
ぎょっ!
いつの間にか俺の横に立ってやがる。
に、忍者かっ!?
ん?
ドキッとして俺は、この変態クラスメートというか唯一クラスでは交流のあると言うより何故か他に友達はいないのでこいつも友達とは思いたくないのだが、それでも唯一の言葉をかわしたり妹ものあれこれを貸してくれたりするこのオトコを見た。
いや、その前に英康の方から、とろけるように俺にしな垂れて来た。
「んふ〜、十季ちゃんて言うのかあ〜」
きっもち悪ぅ〜。うっとおしい、くっつくな。
「ねえ、おにいさん〜」
やかましいっ!
「オレ今日、遊びに行ってい〜い?ときちゃん、理想の妹キャラだよお〜、おにいさんさえ良ければ、オレ、ときちゃんとお付き合いしたいですぅ〜」
ですぅ〜じゃねえよ馬鹿野郎っ!
しかもなっ!
「十季は俺の妹じゃねえんだよっ!」
「あ?」
う、し、しまった、声出して言っちまったっ!
「妹だよ、妹だ、十季は俺の妹だよっ」
知ってるよ」
英康はきょとんとしたまま言って、
「でないとお前は俺のおにいさんにはならんからな」
と、続けた。
それはまた別の問題だっ。
などと、ツッコミつつ、俺にはもしやという思いが湧いていた
いや、しかしまさかそんなコトはない。
だが、ここまで俺の周囲すべからくくノ一だったりその関係者だったりしている今、目の前にいるこやつのことも疑うざるを得ない。
英康もくノ一いやいや、こいつはどこからどう見てもただのサイテーのゲス男だと思うよ。
しかし、さっきのスナックどろんのママのあり得ない変貌を見た後でもある。
このゲス男が実は可愛いらしいくノ一ちゃんなんでこともあ、あり得ねえっ!あり得ねえけど、あり得るっ!
よ、よし、試しに
「控えおろうっ!」
俺は思い切り殿用語を放った。
「余をなんだと心得る。殿である。その方、殿の御前である。無礼であろう。ズが、頭が高いっ!」
聞いたことのある限りの時代劇っぽい感じで、俺は殿を発動してみた。恐れいるのか英康っ。
英康は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺を見ていたが。
「おまえってそーゆー厨二?」
がっ。
こいつ案外ふつうだ。
ち、違うやつもいるのか、この話の登場人物でもくノ一関係じゃないやつもいるのかっ!
英康はそんなうろたえる俺をなおも不思議そうに見ていた。
その時
背後から、聞き慣れたあの憧れの声が聞こえた。
「大萬くん、お早う」
えっ?
心臓が飛び出るかと思ったっ!
一瞬息が止まった。
だってこの声は。
そんなバカな。いや、そうなのか?そうなんだ。
だってこの声は
俺の目の前が急にバラ色に染まって行った。
そうなんだ。やっぱりそうなんだ。なんにもなかったんだっ。
だって。
だってこの声はっ!
そして
そして、俺は、その声の方へ振り返った。
藍さん
藍さんがいた
そこに、キラキラと屈託のない笑みを浮かべた、美山藍さんがいた。

(つづく)

15くのいちせぶん
2
話「ストップ!くのいちくん!」

その8
授業中、藍さんは何度も何度も俺を振り返った。
その度に俺も藍さんを見る。すると藍さんは嬉しそうに小さく手を振ってにっこりと微笑むのだ。
ああ可愛い〜。
それがいつもより多かった。なんか俺、もう、すっかりしあわせ〜♡

廊下を、おっぱいたて揺れ体育教師、群馬葵が通りがかった。
葵は少し開いた粕太郎の教室の扉から何気なく中を覗き青ざめた。
そこにはあの美山藍の姿があったからだった。

「美山」
休憩時間、渡り廊下を歩く美山藍の背後から、群馬葵が声をかけた。
藍がぴくりと反応して立ち止まった。
そして、ゆっくりと振り返った藍のその顔は不敵な笑みに歪んでいた。
「貴様、何者だ?」
葵が重ねて言った。
藍の目がそのとたんに鋭くなった。
対応するように葵が身構えた。

放課後、俺は昨日来たばかりの大萬公園の外れの弓道場の隣にある竪穴式住居に来ていた
「え?」
芋玉県指定史跡である竪穴式住居は、あれ?やっぱり燃えてしまっていた。
「燃えてる」
明らかに、昨日燃えたのだ。
藍さんと武甲衆の戦いの最中に燃えてしまって、そのままなのだ。
俺はまた頭がコンランしてきた。
やっぱり昨日はあったのだ。あの戦いはあったのだ。
でもそうなると、今朝の藍さんの言葉の説明がつかなくなる。
俺はまた夢を見ているような、まだ飲んだことはないが酒を飲んで幻覚でも見ているような、記憶の有無のありかがわからなくなって来てしまっていた。
「大萬くーん」
そんな俺のコンランをよそにあの明るい藍さんが手を振りながらこちらにやって来ていた。
俺は
その迷いのない藍さんの笑顔を見て、考えを巡らせることをストップした。いい。どーでもいいよ史跡のひとつやふたつ。(いけませんよ☆作者注)
俺は藍さんの笑顔に吸い込まれるように同じく手を振りながら藍さんに駆け寄っていた。
「藍さーん」
藍さんが俺の両手を取って迎え入れてくれた。
「ごめん大萬くん、待たせちゃった?」
「いや全然、俺も今来たばっかりだよ」
「ホント?良かった」
藍さんはまたにっこりと笑った。
ああ、可愛いよお〜。
「大萬くん、話したいことってなに?」
あ。
そうなんだ。読者のみなさんはもう俺が書いた手紙の内容など忘れてると思うけど(なにしろその文面を書いたのは半年前だもんね。2014夏の頃だもんね)、俺は改めてこの竪穴式住居あ、なくなってるけどの前で藍さんに気持ちを伝えようと思い、ラビリンレターには『さて、この度私、大萬粕太郎、美山藍さまに是非ともお伝えいたしたき儀が御座います。』と書きしためてものであった。
そうだ、そのお伝え致したき儀、今こそ言うんだ。
「あ、藍さん」
「はいっ」
待ってる。
藍さんは俺の言葉を待っている。この期待に満ちた目がそれを証明している。
「俺、藍さんが」
「はいっ」
「好きですっ」
言った。
「はい、私もです」
わ、即答で良き返事が返って来たじゃないかーっ。これはこれで予想外っ。
「俺と付き合って下さい、しあわせにしますっ」
俺も思わずたたみこむ様に言ってしまっていた。勢いだ。もうこの際勢いだよ粕太郎。いいぞいいぞ。
「はい、よろしくお願いします、きゃっ」
藍さんは一気にそう言って照れを隠す様に俺に抱きついて来た。
わっ!
わわわのわっ!
いきなりの好展開っ!
人生初の告白で、引っかかりなしの好展開に俺は浮いたっ!浮きまくった。
今は今朝の英康が俺の首にぶら下がっているのと訳が違う。
俺は今、藍さんとともに浮いているのだ。
俺も、俺も藍さんの背中を抱きしめた。
うわ、藍さんてこんなにきゅっとしてるんだ。わーいわーい意外だなあ〜。可愛い〜。
藍さんもさらにきゅーっと力を込めて抱きついて来た。
う、う、嬉しいーっ!
ちょっと苦しいけど、もういい、この際絞め殺されてもいい。藍さんなんだもん。
嬉しいーっ!
藍さんと相思相愛〜っ!
「大萬くん
俺の胸に顔をうずめたまま、藍さんが甘い囁くような声で言った。はじめて何時もの藍さんの様な控えめな言い方だった。
「キスしてください」
ええーーーーーっ!
き、来たっ!
その時は思ったよりも早く来たっ!
俺としては段階を踏んで、何度かデートにお誘いして、親睦をだいぶ深めてからその、今年のクリスマスイブあたりにうまくそこまで持っていければ御の字くらいに思っていただけに予想外のスピーディな展開であった!
って。
そんなコトを考えているうちに目の前の藍さんは既にキスの体制になってる。目をつむって俺にそのぽっちゃりとした唇を差し出していた。
ふわーっ
こりゃもう避けては通れないですよ。
いや、でも、藍さん、お、俺、コレが人生初のキス、つまりファーストキスになるわけで
とか。
考えてないで行動せねば。
藍さんをこのままいつまでも待たせておくわけにはいかないもん。
あ、藍さんっ!
い、戴きます。いただきまーす。
俺も目をつむって藍さんに唇を近づけて行った。
その時
俺は、舞い上がっていて、藍さんの右手に握られた小刀が、俺の首すじ目掛けて振り下ろされているコトに気がつかなかったのだ。

(つづくのだ)

16くのいちせぶん
2
話「ストップ!くのいちくん!」

その9
その刃が俺の首の皮一枚手前で止まった。
藍さんが突き立てた小刀を素手で握り止めたのは、たてゆれ先生こと群馬葵だった。
だが、まだ俺にはなにが起こったのかはわかっていなかった。
俺は藍さんとの人生初のチューに向かって頭の中がいっぱいであったのだから。
見れば俺の目の前には藍さんに並んで傷だらけの群馬葵の顔があった。
傷だらけの群馬葵先生の顔がっ?
髪の毛も乱れあちこち千切れ、血だらけだった。目を向き歯を食いしばっていた。
「くうー」と苦しそうな息を吐き、何かに耐えていた。
俺の首の前に小刀が突き立っていて、その刃を群馬葵が素手で握っていた。その手のひらから血が流れ出していた。
小刀を突き立てていたのは藍さんだった。
藍さんがっ?
藍さんは自分の行動を群馬葵に阻止され、鬼のように険しい目で群馬葵を睨んだ。
「三峰がっ、まだ息がありおったかっ」
吐き出すように藍さんが言った。
ありおったか?
藍さん、俺を俺を殺そうとしたのか?
この状況ではそうとしか思えなかった?
そして群馬葵が
藍さんが憎しみを込めたように群馬葵の脇腹を蹴った。
群馬葵は蹴られるがまま吹っ飛び地面に転がった。手のひらから血が吹き出た。
転がった群馬葵は、濃い青、群青の忍び装束であった。
そして、その群青装束もあちこち千切れそこから覗く肌もまた傷だらけで血が滲み、痛々しかった。
「せ、先生
そう言いながら、俺は群馬葵が俺を守る秩父忍者、三峰衆の七くノ一のうちのひとりなのだと察していた。

果たして、群馬葵は、粕太郎こと萬粕太吾を守る秩父忍者、三峰衆の七くノ一のうちのひとり、群青であった。
話はやや時間を遡り、葵が渡り廊下で美山藍に声をかけたところに戻る。

「美山」
美山藍がぴくりと反応して立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「貴様、何者だ?」
群馬葵がここにいる美山藍を疑うには充分な理由があったが、それはまた後々の解説になる。
藍は答えず不敵に笑った。
「武甲衆か
群馬葵こと群青が確信し、そう言ったその瞬間、美山藍の目が戦闘の色に変わった。
群青が咄嗟に身構えた。それより早く藍の体低く群青に突進した。すれ違いに藍の忍者刀が群青の腹を狙い真横に走った。群青は体を刃の動きに合わせて回転させギリギリ避けた。
藍が手首を返して二太刀めを走らせた。縦に揺れた群青の乳が刃の餌食になって飛び散った。だが乳から血痕は飛び散らなかった。群青のたて揺れの乳は群馬葵というキャラ用の作り物であった。道理で揺れすぎであった。
作り物の乳をなくした群青はむしろ身軽な薄い胸板でとんぼ返りに後方に跳ねながら服を引きちぎった。その下は群青色の忍装束であった。着地と同時に忍者刀を抜いた群青は片足でとんと床を蹴り藍に飛び込んで行った。振り上げられる群青の刃をぬるりとかわした藍の三太刀めが今度は確実に群青の脇腹を凪った。群青は痛みを感じる前に体を返した。藍は渡り廊下の柱を駆け上り屋根に伝い上がって行った。
群青がすぐさま追ったが、群青が屋根に上がった時は既に藍は渡り廊下から続く校舎の壁を垂直に駆け上がり屋上へ向かっていた。群青もまた垂直の壁を駆け上がった。屋上の縁を蹴った時に群青目掛けて無数の手裏剣が飛んできた。群青はそのまま飛躍して宙で体を翻し手裏剣を避けた。
同じ方向から襲い来た影を群青は藍と見て刃を構えた。構わず突進して来る藍に群青は袈裟懸けに斬りおろした。藍がまっぷたつに裂けたと、思いきやそれは屋上に放置されていた廃材の太い錆だらけの鉄のパイプであった。「変り身の術っ」と群青が気づいた時には既に背後から藍が迫っていた。

| 大地丙太郎 | くのいちせぶん | 20:18 | comments(0) | - |
くのいちせぶん 2話 01

08くのいちせぶん
2話「ストップ!!くノ一くん!」
その1

のどかな鳥の声。
静まり返った大萬公園の大池の水面。
なんの跡かたもない。
池にはなんの異常もない。
藍さんの姿は見えなくなったままで、現れる気配もなかった。
藍さんはどこに
藍さんは
あいさん
俺は呆然と口をあけたまま、しばらく、まるで生きていなかった
十季とかあさんが俺から離れた。
並んで目の前にひざまづいた。
「太吾さま、お怪我は?」
と、かあさんが伏し目がちで言った。かあさん?
「たい?」
俺が聞いた。
「はい」
と答えたのは十季だった。
「あなた様は、萬粕家・・代目当主・・様のご落胤、萬粕太吾様でございます」

ん?
「ままんかす?」
たいご?
ごらくいん? どらくえ? のらくろ? え? なんて言った?
俺は俺は
「大萬粕太郎だけど
ずっとそれでやって来たんだけど
「はい、これまでは確かにあなた様は大萬粕太郎としてやってまいりました」
十季が言った。
まるで俺の心の声を聞いたように答えた。
「萬粕家の次期御当主、少吾様が太吾様に暗殺指令をお出しにならなければ、太吾さまは、大萬粕太郎としてとくに何事もなく、楽しきこともほどほどに、悲しきこともほどほどに、格別面白みもない、平穏無事で抑揚のない生涯をお過ごしになっていたことでしょう」
と、丁寧な口調で話すのはかあさんであった。かかあさん?
そのかあさんの声が気になるのだが、その前に今聞いた言葉がもっと気になった。
「あんさつしれい?」
あんさつしれい
藍さんの口からも出ていた。
暗殺指令。
俺に?
暗殺指令?
なんで?
「太吾様は、萬粕家十九代目当主机衛門様のご落胤、萬粕太吾様だからでございます」
まただ。
十季が、俺の心の声に答えた。

そう言えば、こいつ今朝もそうだった。俺の心の声を読んで
忍者かっ!

にんじゃ?
ま、まてよおいにんじゃ?
ま、まさかおいにんじゃ?
「太吾さま」
かあさんが顔を上げた。
え?
ええ?
「これまでのご無礼の数々、お許しくださいませ」
そう言ってまた目を伏せた。
えええーっ?

わか
「わたくし、秩父忍者三峰衆、七くノ一が頭、柘榴と申します」
若いーっ!
ちちちちぶにんじゃ?
みつなんとか?
なんとかくのいち?
かしら?
さぐろ
いや、わかいーーーーっ!!
若いっ!
かあさんじゃないっ!
ちっともかあさんじゃないっ!
かあさん大萬満子は45歳のどこにでもいるちょっとたるみがちの、小皺も白髪もぼちぼち出始めた歯並びさえがたがたなノー天気なおばさんなのに〜っ!
いま、俺の目の前にいるのは、それこそ20歳くらいのぴちぴちのつやつやのなんだかキュートなぼんぼーんなんですけど。
ちょっと好きになっちゃうかも知れないくらいの可愛い子ちゃんなんですけどお〜っ!
歯並び抜群だし白い歯っていいなあ〜ってくらい綺麗だし
「とのが驚かれるのも無理はございません」
と言ったのは妹の十季。妹?妹なのか?十季は?
「我らが七くノ一頭、柘榴は齢19にございます」
よわいじゅーくー?
たったふたつおねいさまあ〜?
「本日まで、太吾様の母満子としてお側でお務めさせていただきました。すべてはいつなんどきこの日が来てもお守り出来るようにと


そ、それもじゅうぶんたまげるけどそのあの
なんでこのかわい子さんが今までずっと俺の母さんが出来たわけ?
「はい、それは」
また十季が心を読んで答えた。
「忍法老け化粧にございます」
にんぽうふけげしょお〜〜っ!

一旦、俺はここで気絶した。

(つづき)

その時
俺は何故藍さんを抱きしめなかったのだろう?
何故、藍さんを抱きとめなかったのだろう?
何故、藍さんを抱き寄せなかったのだろう?
何故好きな人を守らなかったのだろう

09『くのいちせぶん』

2
「ストップ!くのいちくん!」
その2

暗い部屋で俺は、電気もつけず手紙を書いていた。
憧れのクラスメイト藍さんに。
「おにいちゃ〜ん、お〜き〜ろぉ〜」
階下から十季の声がした。
うーん俺は、藍さんへのラビリンレターを書きながら寝てしまったのか
「おに〜ちゃ〜ん」
まずい。
十季が上がって来る前にラビリンレターを隠さなくては。ラビリンと、あれ?ラビリンレターじゃないぞこれ。
そこには4冊の妹モノエロ同人誌が。
ぎゃーっ、なんで俺こんな物見ながら寝ちまったんだあ〜っ!
「お〜き〜ろぉ〜」
十季の声が近づいて来た。

目が覚めた。

俺の部屋
俺はベッドの中だった。
部屋の天井と、壁がぼんやり目に写った。
部屋には電気はついていない。もう外はとっぷりと暮れているようだった。
ゆめを見ていたのか
ゆめか
どこから?
どこからゆめだったんだろう?
「大萬公園で気を失われてからでございます
囁くような声が聞こえた。
部屋の片隅に十季がいた。
床に正座してた。
ちょっとうつむいて。あの、まるで忍者のような鴇色の装束だ。
大萬公園まで現実だったんだ
十季が俺に向き直って頭を下げた。
「殿、これまでのご無礼の数々、お許し下さいませ」
うやうやしく言った
かあさんが言った言葉と同じだ。
「十季あのさ
俺が言った。
「はい」
と、十季が答えた。
はい?
はいって
今朝までだらぁ〜っと「なにぃ〜?」とか「はぁ〜ん?」とか、とにかく生意気だった十季がなんだかじゅーじゅんに「はい」だと
「お前
十季だよな
こころのつぶやきに十季はまた「はい」と答えた。
「秩父忍者三峰衆七(なな)くノ一がひとり、十季にございます」
十季十季は十季なんだ
「本来は『鴇』なのでございました。正体を明かした暁に『鴇』となる予定でしたが、作者が書いているうちに『十季』の二文字をいたく気に入ってしまい、今後とも『十季』表記で参ることになりました
その情報はいるの?
それはいいとして秩父忍者なんとかしゅうのななくのいちのひとりって?
「お前
俺はもう一度言った。
いつ?
いつよ
いつから忍者だったわけ?
だって、俺はこいつが赤ん坊のときから生まれた時に病院に行って生まれたての十季の姿だって覚えてるんだぜ。
「その時からでございます」
「えっ?」
「生まれた時から
また心を読んで十季が答えた。
生まれた時から?
「正確に申せば、生まれる前から決まっておりました。わたくしの役目は、生まれたら殿の妹として生きることでございました」
生まれる前から決まってた?
「少吾さまの暗殺指令が出たその時には、警護のくノ一であることを明かし、身命を賭してお守りせよとの命を受けておりました」
生まれてすぐに
俺の妹になって
俺の警護をしてた
じゃあ十季は、俺の本当の
「妹ではございません」
のか。そうなのか
十季が俺の妹じゃない
十季は俺を警備するくノ一
こぼれ落としそうな、いや、だいぶこぼれ落としながら、俺は十季の言葉をひとつづつ飲み込もうとしていた。
俺は殿で誰かのご落胤で粕太郎じゃなくて太吾でかあさんはかあさんじゃなくて十季は妹じゃなくてとうさんはとうさん
とうさんはとうさんも?いや、とうさんのことも、少し気にはなるけど

藍さん。
藍さんは

十季は黙っていた。
藍さんは?十季っ!

「藍は
答えたのは、かあさんだった。
いや、夕方までかあさんだった柘榴さん
柘榴色装束の19歳のぴちぴちのつやつやの歯並び完ぺきのなんとなくぼんぼーんの柘榴さんがいつの間にか俺の部屋にいた。
手の盆に湯気の立つ小さな土鍋が乗っていた。
かあさ柘榴さんが、俺のベッドの傍まで進み、サイドテーブルに盆を置いた。
土鍋の中は真っ黒な雑炊であった。
黒雑炊?
「太吾さま、我が三峰衆に代々伝わる黒雑炊でございます。召し上がって下さいませ。とても滋養に良うございます」
やっぱり黒雑炊って言うの?
イカ墨雑炊なのかな?
でも、俺は黒雑炊よりもかあさんじゃない、柘榴さんの次の言葉を聞きたかった。
「藍さんは?」
俺から柘榴さんに聞いた。
「どうなったの?」
「藍は
柘榴さんが続けた。
「未熟ゆえのみぐるしき失態、お恥ずかしき事」
みじゅくゆえのみぐるしきしったい、おはずかしきこと?
「!」
どういうことっ!?
まさかっ?
「自らの命と引き換えに太吾さまをお守り出来ましたことは、七くノ一としてせめてもの救い」
藍さんも七くノ一のひとりだった
そして
命と引き換え
「命と引き換えって、じゃ、じゃあ、藍さんは?
爆矢を受けたまま敵とともに大池に消えた藍さんは、あの爆発で
俺のために
「もとより主君のために命を投げ出すこと、忍びとして当然のことにございますゆえ」
「なっ!」
淡々と語る柘榴さんに、俺はまた気絶しそうになった。

(つづく)

10 くのいちせぶん
2
話「ストップ!くのいちくん!」

その3
俺のエロ漫画を探し出してからかっていた妹も、目玉焼きに茄子の漬物添え、豚汁とトースト、日本茶というアンバランスな朝食を作っていたかあさんも、憧れのクラスメートの美女、美山藍さんも、すべて俺を暗殺から守るくノ一であったとか
そんなもんすぐに信じられるか〜いっ!
かあさんが19歳だったとか、藍さんが俺の命を守って爆死したとか、俺がなんとか城のご落胤の殿だとか暗殺命令を出したのは萬粕城の20代当主となる少吾とかいう多分俺の弟だとか信じられるか〜いっ!
何事も目立たずほどほどで鳴かず飛ばずの生活をして来た俺がこんなエッヂの立った状況を受け入れられるか〜いっ!
ひとりになりてえ。
思いっきりひとりになりてえ。
もお、もお!もおもおもおもお
「お前たち、下がれっ」
とか、と、殿様みたいなこと言っちゃってる俺。
「はっ」
短く言って十季と柘榴さんが同時に消えた。

ふっと

言うコト聞き過ぎ
十季の「なんでよお兄ちゃんっ!」とか生意気発言も、かあさんの「なんですか、その口の聞き方はっ!」とかのお小言発言もなく、ふっと、ふたりは俺の命令を聞いて姿を消した。まるで忍者のように。
あ、忍者か
あ、にんじゃかじゃないよ俺も。受け入れてるんじゃないよ俺も。
この、晴れ切った空にいきなり雷が落ちたみたいな状況を、俺は何からどう整理して行けばいいの?
なにから?
傍の土鍋から黒雑炊の湯気が立ち昇っていた。まだこんな熱そうにぐつぐつしてる土鍋であった。
腹減った。
黒雑炊、急に旨そうに見えてきた。
食お。
ずずずずび〜。
熱つつつつ〜。
殿
太吾
少吾
萬粕城
ご落胤
暗殺
秩父忍者
なんとか衆
七くノ一
十季
柘榴さん
デバトン
藍さん
はふはふ
ずずずずび〜
熱つつつつ〜
殿
太吾
少吾
萬粕城
ご落胤
暗殺
秩父忍者
なんとか衆
七くノ一
十季
柘榴さん
デバトン
藍さん
はふはふ
ずずずずび〜
熱つつつつ〜
殿太吾少吾萬粕城ご落胤暗殺秩父忍者なんとか衆七くノ一十季柘榴さんデバトン藍さん殿太吾少吾萬粕城ご落胤暗殺秩父忍者なんとか衆七くノ一十季柘榴さんデバトン藍さんはふはふずずずずび〜熱つつつつ〜
幾つかの気になるワードがただ俺の疲れたノーミソの中をぐるぐるして目眩もしていたのだが、やがて気持ちが落ち着いてきた。
てか、黒雑炊旨いんですけど。かあさんこんな料理知ってたんならもっと早く作ってよ、あ、かあさんじゃないのか
疲れていた体が回復して来たみたいだ。そういやお昼からずっと食べてなかったもんね。それにこの黒雑炊滋養にいいって言ってたもんなかあさんじゃない柘榴さん。
うん、なんだか少し力もよみがえって来たみたいだよ。
ことり。
俺はサイドテーブルに土鍋を置いた。
さて
うむ
ふう
「十季」
俺は静かに呼びかけた。
「はい」
やっぱり。姿は見えないけどすぐ近くで十季の声が返って来た。
「俺は、これからどうしたらいい?」
ほんの少しの間があって十季が答えた。
「さすれば、殿はこれまで通りの暮らしを続けて下さいませ」
これまで通りって。こんな何もかもが変わってしまったのに?
「それじゃ
と、俺。
「十季も、これまで通り、妹でいるのか?」
「それはございません」
即座に十季が答えた。
だろ?
俺だけ今まで通り暮らせって?
出来ないんじゃない?
「十季
「はい
「十季さぁ
「はい」
なにか話があったわけではなかった。なんだか今まで通り、何気なく呼んでみたかったのだ『十季』って
「お前さ、もう、妹に戻らないの?」
「はい」
感情のない返事が戻って来た。
「ぜったい?」
「はい」
「どうしても?」
「はい」
はいはいって
なにも抵抗せず、無感情に即答する十季に俺はどうにも居心地が悪かった。
「十季」
俺はまた呼びかけた。
「はい」
また同じ返事が戻って来た。
「なんでよ
なんでもいいからいい情報がほしい。
少し沈黙があった。
「わたくしは七くノ一の十季となりました故」
それは聞いたよ。
知ってる。
違う答えがほしいのに。
その時
「太吾さま
柘榴さんの声がした。部屋の外からだった。
「湯殿の仕度が整いましてございます」
湯殿って
ああ、風呂
風呂に入れって?
ああ、そういやいつもなら風呂の時間だ。
結構、十季と風呂の時間がぶつかっちゃって。見たいテレビがあったりして、俺が先だとかおにいちゃんがゆずってよねとか、ケンカもよくしてたけどもう、そういうこともなくなるのか
かあさんが「お風呂早く入っちゃってよね、粕ちゃん」とか急き立てられることもなく「湯殿の仕度が整いましてございます」とかなっちゃうんだ
そんなケンカも急き立てられも、もうないけど、風呂の時間はいつも通りなんだ
でもなんだか熱い湯船に入ってカラダを休めたい気もした。
「うん、わかったあ、わかりました」
俺は部屋の外の柘榴さんに向かって言った。かあさんでなく、俺よりふたつ上だという柘榴さんに、イマイチ俺はどう接していいか戸惑っていた。
「あ、ざえと、柘榴さん
部屋の外に呼びかけた。
「はい」
「黒雑炊美味しかった
恐れ入ります」
「また作って下さい」
柘榴さん、やや返答に間があって。
「また黒バトンを仕留めましたなら
ん?
「黒バトン?」
なんのこと?

(つづく)

11くのいちせぶん
2
話「ストップ!くのいちくん!」

その4

俺は階下へ。
湯殿って言っても、これはいつもの俺んちの風呂なのね。0.75坪出窓タイプの…(^^;;
特に仕度がどうのとか大袈裟なほどもなく、ピッとスイッチ入れれば沸くいつもの風呂なんすけど…(^^;;
なんというか、残ってる日常がありがたいというか
突然やって来た非日常をなんとか否定したいというか。こうして毎日入っているなんでもないただの風呂がやたらめったらありがたい気分だ。
と、カタっと風呂の戸が開いた
はっ?
「失礼いたします」
十季が入って来た。
「な、なんだよっ!」
ぱた。
と、戸を閉めると、すすっと湯船に近づいた。
ちゃぽり。構わず湯船に入って来る。
「と、十季ぃ〜、な、なにやってんのおっ!」
「敵の攻撃がいつ何時襲い来るかわかりませぬゆえ、お側にて警護いたします」
お側過ぎるって!
ぴったり側過ぎるって!
「殿、わたくしのことはお気になさらずごゆるり」
お気になりますってっ!ごゆるり出来ませんてっ!
0.75
坪タイプの家風呂の湯船ですよ。
十季は俺の足の間に挟まってる形になってるのよ。
しかもさっ!
「なんで裸なのよっ!」
十季、全裸。
あの、俺、初めて見たのです(汗)十季の裸姿。ってかオンナのコの裸。生で見たの初めてなんですけど。こ、こういう形で妹の裸を見るとは思わなかったんですけど。あ、い、妹じゃないけどさ。ん?あれ?なんかこの光景見たコトあるぞ。

『おにいちゃん大好き』だ
けつべん子先生の同人漫画『おにいちゃん大好き』だよっ!
「おにいちゃん、一緒にお風呂入ろうっ☆」なんて言ってこんな感じで妹が入って来て、おにいちゃん大慌て。「あ、ダメだよ美ゆ季」「だって小さい時はいつも一緒だったじゃない」「ち、小さい時はね、だけど今はお前」「おにいちゃん、美ゆ季のこと嫌い?」「嫌いなわけないだろっ、す、好きだよ」「美ゆ季もおにいちゃんだーい好き」なんつっておにいちゃんに抱き付く美ゆ季、そんでそれからぺろぺろとあっコラ!ま、まずいっ!ちょっと俺、変な気持ちにっ!ダメよダメダメっ!
どちょーんっ!
いくら勝手に更新といったってSNSでこれ以上書いてはいけない〜〜〜っ!
「私共の使命は殿のお命を守り抜く、ただそれのみにございますゆえ、今、殿が想像しているようなことには決してなりませぬ故」
ぴしゃりと十季が冷めた顔で言った。
なりませぬのねそうなのねまたこころを読まれたすげえ恥ずかしぃ〜っ!
「だからさお側で警護はわかるんだけどさ、なんで裸なんだよっ」
もう一度俺は言った。
「風呂でございます故」

ま、そりゃそうだけどさ。
「我々、三峰衆の掟にございます」
「掟?」
「風呂は裸であるべし」
よくわからんってか当たり前なんだけど。なんだろ三峰衆って
「十季
少し話もそらしたかったのもある。やや、空(くう)を向いて俺が言った。
「はい」
十季が答える。
「少吾ってやつなんだけどさ
はい」
「なんで俺を殺そうとしてるの?」
「殿が、少吾さまの兄上さまであるからでございます」
「うん、でもさ、俺はご落胤なんでしょ?最初からその萬粕家は少吾が受け継ぐ予定だったんでしょ?だって20代当主って言ってたよね?すでにそうなってんだよね?」
そうだそうだよ粕太郎、いい質問だ。黒雑炊のおかげでなんだか頭も冴え冴え。
俺がご落胤だったとしても、俺はこの大萬市で一庶民として平和に暮らしてるんだからさ、俺のことなんか気にしないで素直に20代当主になればいいじゃん。俺、邪魔しないよ。
「我々も、そう願っておりました」また俺のこころを読んだ十季が答えた。
「ですが、暗殺指令が出てしまいました」
「なんでよ?」
腑に落ちないんだよな、そこが。
「念のためにございましょう」
「念のため?」
「はい、殿が万が一、萬粕家の次期当主を主張して来られたら、少吾さまは身を引かざるを得ないからです」
「俺、そんなことしないって。興味ないもん」
「殿のそのお考え、潔う存じます」
だってホントだもん。
だし、このまま知らないでいればそれで済んだじゃないか。
「ですが、少吾さまはそうは思われなかったのでございます」
なんでだよ。
「われわれ三峰衆は、そのことを想定しておりました。そして、いざその時がやって来た時は、お近くで即座に殿をお守り出来るようにと、殿の周囲に配置されていたのでございます」
それも一度聞いた
「じゃあさ
「はい」
「もし、少吾が暗殺命令を出さなかったら?出す気がないままだったら?十季は、かあさんもどうしてた?
少吾が俺のことなんか気にしないってことだってあり得たわけだ。
十季はしばし黙った。
「その時は
十季が言った。
「何事もなく、これまで通りに暮らしていくつもりでおりました」
そうなのか。
「妹で?」
「はい
そうなんだ。
そうなんだね。
何事もなく、あのままってことだって考えられたんだ。
でも、少吾の馬鹿野郎は暗殺命令を出しやがった。
十季はその為に、妹ではなくなった
今となっては、むなしい答えだった。俺は少し胸が詰まる思いがした。
聞かなければ良かったのかな
その時、
「失礼いたします」
と、風呂の外から野太い声がした。
カタリ。
戸が開いて、そそっと入ってすぐに後ろ手にパタリと戸を閉めたのは。
「とうさんっ!」
とうさんは俺に向かい這いつくばるように頭を下げた。
「太吾さま、これまでのご無礼、何卒ご容赦下さいませ」
またですか
「とうさん」
いや、予測はなんとなくしてはいたけどさ、やっぱりとうさんまで
「とうさんも忍者だったの
「いえ」
答えたのは十季だった。
「作造は三峰衆の下働きをしております男。忍びではございません」
「さ、さくぞうっていうの?」
この17年間、俺はとうさんの名前は、大萬A男だとばっかり思ってたじゃないかあ、考えてみればA男なんて漫画みたいな名前普通ないわ、適当すぎるわ、気がつかなった俺もどうかしてたのかっ!
そういえば、とうさんの勤める商社の名前も○×商事っていったっけ?
そんな適当な名前の会社名おかしいだろっ!植田まさしの漫画じゃないかよっ!気がつかなった俺もどうかしてたよっ!
「てか、とうさん、なんで素っ裸なんだよっ」
「はは、風呂でございますゆえ」
三峰衆の掟かよっ!もういいよそれ。
「作造、もう良い、下がれ」
十季が偉そうに言った。おいおいお前、とうさんに向かってそういう口の聞き方はないって、とうさんじゃないんだよな、下働きの作造さんなんだよな
「はは〜」
と、作造さんは額を床に擦り付けるくらいに恐縮したまま、後ろに下がり器用に戸を開け閉めして出て行った。
ぱたん。
俺はまた、呆然としたまま見送った。
とうさん
ふう
ほんの昼間までなんの変哲もない鳴かず飛ばずの平凡な家庭だったのだが。
かあさんは忍法老け化粧でかあさんの振りをしていた19歳のぴちぴちのぽちゃぽちゃの歯並びが美しい可愛い人だったし、とうさんは三峰衆の下働きの作造さんだったし三峰衆がなんだか知らないしそして….
朝まで妹だった十季が、いま湯殿ってか湯船で全裸で俺といや、俺を敵から守っている。
敵から

俺の人生に「敵」なんていうもんが存在して来るなんて思いもしなかったよ。
なんてことがアタマによぎる訳だけど、そんなことより問題は目の前の全裸十季である。
あらためて目の前の十季を見る。
妹じゃないと思うと不思議。
どうしても
どうしても
どうしても目が、目がそっちに行こうとしてるしてる。
十季の胸、ちっちゃいんだなぷくっとしてて、そんで小さい乳首が綺麗な鴇色で
こうだったんだ
こ、こうだったんだ
可愛い
困った可愛い
おかしい可愛い
うぐくくくまずいっ!俺、俺も鳴かず飛ばずながら健康なせべにてぃーんであるからにして、そのか、下半身がはっ!
そんなコトがアタマの中を巡っていたら湯の中ですーっと十季のももが俺に寄り添うように触れて来た。
ちょっ!?
まずいでしょっ!
そして。十季の指が俺の腰から、すーっと撫で上げるように背中を這った。
なぐぉっ!
と、十季っ!
さらに、十季の体が俺に触れて来た。
そして、今までそらしていた目をそっと俺に向けた。
潤んだような目が、俺を見上げた。
十季ぃーーーーっ!
おにいちゃんはっ!おにいちゃんはぁぁぁぁぁぁぁあ〜〜っ!
って、あれ?
おにいちゃんはなんだか落ち着いて来ちゃったりして
十季の声が耳元で囁かれた。
「お気を使われますな、殿。狭い湯殿でございますゆえ、こうして触れてしまった方が気持ちがゆるりとなされるでしょう。忍法肌さわり
十季がニコリと微笑んだ。
めっちゃ可愛い。こんな殊勝で可憐な十季は初めてだよっ。
忍法肌さわりって
こんな忍法なら大歓迎だよっ。
十季がまた目をそらした。
「殿」

「藍さまのこと、お好きでおられたのでございますね」
。あ、藍さんのはなし
「さぞや無念でございましたでしょう。ですが、お諦め下さい
「え?」
冷たい言い方だった。感情もなく、たんたんと十季はそう言った。
たんたんと。
「藍さまは三峰の御山では、わたくしの姉のような存在でした。忍術修行の日々も、いつも挫けそうになる私を藍さまは励ましてくれました。おやさしい方でございました」
藍さん
やっぱり
そうなんだね
やっぱり、とても素敵な女性だったんだ。
嬉しい気持ちになった。
三峰の御山で共に忍術の修行をしたんだねキミら。その辺はまた後で突っ込むね。
俺の憧れの藍さん。
急に目の前で忍者になった時は俺もホントにびっくりした。
そして、勇ましい戦いをする藍さんを俺は見ていて、目を疑った。
あまりの突然の変わりようだったから。
でも、本質の藍さんも、優しい素敵な人だったんだね。
「それが忍者としては命取りでございました」
続けて出た十季の言葉は、また氷のように冷たかった。
「藍さまは、忍びとして未熟でございました」
未熟
そ、それはかあさんじゃなくて柘榴さんも言っていた。
未熟だったのか
藍さんは
あのくノ一に変身した後の藍さんの戦いぶりを思い返すに、とても未熟なんかには思えない。
「藍さまは、大萬高校での殿をお守りするお役でございました。ですからクラスも同じになるように仕組み、席もお隣になるように図ったのでございます」

図ったのか
「藍さまは、警護の立場からでございましょう。一日に何度も、殿を振り返り見られておりました」
え?
そう確かに、藍さんは一日に何度も俺をちらちらと恥ずかしそうに見ていた。
それは、俺に気があったからじゃない

「違います。警護の意味でございました」
ええーっ!
「藍さまが、殿を見ていることを、殿にしろうとの殿に気どられてしまっていたのです
しろうとってしつれいなっま、しろうとだけどさ。
「そこが、藍さまの未熟なところでございました」
つまりだよ?藍さんの未熟な警護を、俺は、気があるって勘違いしてたってことなの
あれは警護で俺に気があったわけではなかったのか
悲しくなって来たよ
「そして藍さまの最大の過失は
最大の過失?
「その気どられに反応された殿が、藍さまに目を向けて返された
返しました。見返しましたとも。だってあんな素敵な藍さんに見られたら返さなくちゃ。
「お見お返しになる殿に、藍さまはいつしか、魅かれて行ってしまったのでございます
え。
え?
え、え?
あ、藍さんが
お、俺のこと


好きに?
そうなの?
そうだったの?
ああ、そうだったのかあ〜。
思い出す。
夕方の竪穴式住居の前で、藍さんは、俺の手紙の返事をくれた時に
何度も、俺に気のあるようなないような曖昧な態度だった。
あれは、藍さん、俺に本当の気持ちを伝えようとしていたんだな。
でも、俺を守るくノ一の使命のために心を殺して
なんてなんて健気で可憐なんだろう、藍さん
でも藍さんは、そのためにその、役目のために
「殿をお守りするために、自らの命を投げ打つこと、我々忍びにはなんのためらいもございません」

それも、さっき柘榴さんが言っていた気絶しそうになった言葉だった。同じことを十季、お前も言うのか。
「ですが、藍さまは、お守りしなくてはならぬ殿に心を寄せてしまった。そのために、忍びの術も鈍ってしまった。あの場所にいて、デバトンが武甲衆弓組の手に掛かったことに気づかなかったことも、弓組の存在にすら気づかなかったことも、その精神の未熟さが招いたあの結果にございます」

「竪穴式住居近くには、デバトンを射抜いた弓組の矢が落ちておりました。血まみれの。
デバトンは鳩でありながら自ら矢を引き抜いたのでございましょう。そして、この家まで瀕死のカラダで飛んで来て、少吾さまの闇の指令が出されたことを伝えたのでございます。実にあっぱれ。ですが藍さまは
デバトンにも劣ると言うのか?
残酷過ぎるよ十季。
俺にはそんな忍者世界の残酷な生き様などアタマに入って来ないよ
藍さんは
そしたら、藍さんは、ほんとうにもうこの世にはいないの

| 大地丙太郎 | くのいちせぶん | 19:34 | comments(0) | - |
くのいちせぶん 1話 
01『くのいちせぶん』 
第一話 「俺の妹がくノ一のわけがない」
その1

 俺…。
 俺の名前は、粕太郎。
 大萬粕太郎。
 ちょっと古風な名前だろ?
 俺もそう思う…。
 なんかアニメの監督にこんな字面のヤツがいる気がする…。
 58くらいのおっさんで…。

 でも俺、高校生ですから〜。
 市立大萬高校の二年ですから〜。
 せべにてぃーん(17)ですから〜。
 親父が「粕の様な立派な人間になってほしい」とつけた名前だと、子供の頃に聞いたが、良く意味がわからず、大人になったらわかるのだろうと漠然と思いつつこの歳まで来たけど、いまだにわからんままだ。
 むしろ「カスのようなニンゲン」になってもいいのかと思ったりもする。
 成績…? ほどほど…。
 スポーツ? ほどほど…。
 趣味? ま、特にはないよ。
 凝り固まった趣味みたいなのは持たない主義なの。
 やなんだ、ひとつのジャンルに詳し過ぎるやつ。
 もっとフリーな部分を多くした方が世の中を楽しめるってもんだ。
 その方がモテる時代なんだよ今は。
 ラノベとか見るとだいたいそうだろ?
 カオもほどぼどだし、スタイルもほどほどいいし…ほどほどはモテるよ。
 え?
 ぐ、具体的なエピソードはまだこれからだけどさ。
 そういうの聞いて来ないでよ。
 すっごい眠いんだから…。

 そうだよ思い出した。
 俺は今、寝てるんですけど〜。
 むにゃ…

 すっごい眠いの…
 …
 だってさ…
 …
 だって…
 …
 夜中までおれ…
 …
 いや、朝方までだな…
 …
 ずっと、アレ書いてたんだもん…
 …
 にや…
 …
 にやにやにや…
 …
 寝てるけどにやけちゃう俺…^ ^
 …
 …アレって何かって?
 …
 アレだよアレ_
 …
 誰でもいちどは書くじゃーん
 …
 ときめきのアレ…^ ^

 え?わかんない?

 だからさあ〜…(#^.^#)
 おれいま、も〜れつにコイをして(ドンドンドン)
 もほれつにね…コヒを(ドンドンドン)
 あ…?

(ドンドンドン)

 …なんかうっさいんですけどお〜。

「…ちゃんおきろ」

 誰がなんか言ってるんですけど〜。

「おにぃ〜」

(ドンドンドン)

「お〜き〜ろぉ〜」

(ドンドドドンドン すッドンドン)

 なに、しょおわのリズムでドアたたいてんだよ〜。
 …
 ときだ…。
 …
 いもうとの十季だ…。
 …
 うるせえなあ〜。
 …
 うる…せ…
 …
 ん?
 …
 やんだ…?
 諦めた?
 んにしし^ ^
 じゃ…寝るよ…
 むにゃむにゃ…
 藍さん…
「おにいちゃんて、妹モノが好きなんだ…」
 なぬっ_
 がばっ!
 飛び起きる俺っ!
 妹がっ!
 十季がっ!
 部屋の中にいるっ!
 目の前にいるっ!
 何故いるっ?
 ドアは鍵かけてあったのに何故いる?
 忍者かっ?
 そんでっ!
 そしてっ!
 十季の手には3冊の「妹モノ」がっ!
 …
 ぎゃーっっ!!

☆ 第一話「俺の妹がくノ一のわけがない」


 妹・十季の手には隠しておいた…はずの「妹モノ」のエロ同人誌が3冊っ!
 ?(゚_゚)ぎゃーっ!!
「『妹ぺろぺろ』『妹DEもっこり』『妹まみれ』。うっわあ〜っ、おにいちゃん変態だね、ゲロキモ〜」
「違うんだーっ!」
 全力で十季に手を伸ばし飛びかかる俺。
 ヒョイっ。
 十季がよけたので俺は空をつかんでよろける。
 だがすかさずくるりとカラダを翻し、再び突進。
 違うんだっ!
 そ、それは俺のじゃないっ!
 クラスメイトのクソバカ野郎、徳永英康が無理矢理俺に「貸してやるよお〜、いいぜえ妹モノむふーん」と言って押し付けて来たやつで
決して俺が妹趣味ってわけじゃ…な…。
 ヒョイ。
 ヒョイ。
 そ、それにしても、なんでお前はこんなに 動きが素早いんだっ!
 全然ヒョイ取り戻せなヒョイじゃねえかヒョイ。
 忍者かっ!
「俺んじゃないもんっ!俺んじゃないもんっあーんあーん・゜・(ノ_`)・゜・。」
 気がついたらものすごくキモく泣きながら妹を追いかけている。
 今は冷静じゃないけど、冷静な俺が見たら、 もうこれは変態だやっぱり。野々なんとか地方議員さんだ。
 妹趣味なのはクソバカ英康で俺じゃないも〜ん。あーんあーん。。・゜・(ノ_`)・゜・。
 だって泣きたいよお〜。
 リアルの妹に「妹モノエロ」見られたよお〜あーんあーん。
 返せえーっ!
 ヒョイ。
「ん?」
 かわしまくる十季の目が、鋭く俺の机の引き出しの下から二番めに向けられる。
 なぬっ? まさかっ?
 するっと素早い動きで俺の目の前に屈んだ十季が、下から二番めの引き出しを引き出す。
 さっ。
 ふっ…。
 見えたのは、下らん学校からのプリントの束。
 にゅふふ(-_^)
 …と、ほくそ笑むぞ俺。
 十季の手にある3冊のエロい妹モノは確かに割と見つけやすい引き出しの一番下の引き出しに入れてあったようん。
 だが、一番大事にしているモノはそんな単純なところへなど入れておくモノか。
 地味な下から二番めさ。
 しかも…。
 しかもふふふなのだ…。
 残念だったな十季よ。
 所詮は世間知らずの中学二年生よ。
 よしんば下から二番めを見破られたとしても、そう簡単には見つかるまいて4冊め。
 それにはな、それ相応の工夫というものが施されて…ん?
 なぬ…?
 十季の目が止まったのはほんの一瞬だった。
 次の瞬間にはスルッと手を引き出しの上の部分を探っていた。
 さしゅっ。
 十季が手を引いた時にはすでに4冊めの「妹モノ」がっ!
 ぐわーっ!
 忍者かあーっ!
 何故だっ!?
 これぞ忍法デスノート隠しだったのにっ!
 「デスノート」は見たことはないが、見たことある徳永英康に教えてもらった隠し方だったのにっ!
 忍者かっ
 俺の妹は忍者かっ!
「げえ〜げろげろ〜なにこのタイトル〜。『おにいちゃん大好きっ_』気持ち悪ーい」
 !!!
 ばかやろー>_<
 ばかやろーばかやろーばかやろーっ!
 エロ同人誌のタイトルとしてはまったく捻りのないどうでもいい在り来たりのタイトル。
 だからこそっ!
 だからこそ、いっちばん恥ずかしい〜っ!
 十季のやつ、チョーにやにや笑ってる。
 だがっ!
 だがなっ!
 お前にはわからないだろうがな。
 実はこの『おにいちゃん大好き_』はな…

 ただのエロじゃないんだ。
 いや、エロもひと際なのだがな…それを越える情感があるのだ。
 これはな…この『おにいちゃん大好き_』はな、本気で…本気で妹っていいなあ〜と思ってしまうのだ。
 名作なのだ。
 泣けるのだ。
 妹…切ないのだ、妹との恋というのはな…とっても切なくて…。
 この作者のけつべん子さんは、只者じゃないよ、うん。
 !
 ?
 おい…。
 なんだそのリアルの妹の俺を見るさげすんだ目は。
 なんだその変態を見るような目は
「だって変態でしょ」
 は?
 なんでなんにも言ってないのに答えた?
 ココロを読んだのかっ!?
 忍者かっ?
 もお〜返せーっ!
 またもや手を伸ばす。
 ヒョイっヒョイっ。
「おにいちゃんが〜妹モノ好きの変態だっていうの、美山さんに言っちゃおうかなあ〜」
「あ?」
「美山藍さん」
 ちょーーーーーっと待てっ!
 何故その名前をっ!
 み、美山 藍…さん。
 なんでコイツの口から藍さんの名前が出る?
 しかもなんでフルネームで知ってる?オレの恋こがれているクラスメートの美山藍さんの名前がぁ〜〜〜???
「『拝啓、本日はお日柄もよく、藍様にはますますご健勝のこととの賜ります』…なにこれ、だっさ〜」
 ぎゃあーーーー!!
 何読んでるんだよ!
 十季が手にしているのは4冊の「妹モノ」の他に、おれが朝までかかって書き上げた藍さんへのお手紙っ!
 しまったっ!
 封をする前に体力が持たず机の上に出しっぱなしのまま寝ちまったんだっ!
 部屋に鍵がかかっているんだからその辺は まったく安全だと思っていたのだっ!
 そうだよ。十季のやつ、なんで入って来れたんだっ!
 忍者かっ!
「『さて、この度私、大萬粕太郎、美山藍さまに是非ともお伝えいたしたき儀が御座います。』きゃははっ、時代劇かっ」
「返せえーってのお〜(泣)」
 伸ばした手に力が入らない…。
 起きぬけの瞬発力限界~_~;
 エロ本4冊晒された上に、藍さんへの手紙まで読まれてしもた〜、妹に…
「はい」
「え?」
 十季がにっこり笑いながら「妹モノ」4冊と藍さんの手紙を差し出し、俺の手に持たせた。
「目、覚めた?ご飯出来てるから早く来なさいってお母さんが」
 は?
 ニッと俺にいたずらな笑みを投げてスルッとドアを出て行く十季。
 ぱたん。
「あ、お、おい…」
 思わずドアに駆け寄り十季を追った。
「あ、あれ?」
 ガチャ…ガチャガチャ…。
「あれ? 鍵がかかってる…」
 え?
 外からは掛けられない筈なのに…。
 ポカンとドアの鍵を見る俺。
「…忍者か…」
 ペタペタと階段を降りる。
 起きるには起きたけどさ、やな目覚めになったわ。
 リアル妹に二次元妹モノを晒された無念さよ。
 しかも考察してる間に、案外本気で妹モノが趣味だった自分も知る。
 俺って変態なんだなあ〜。
 読者のみなさんで僕と同じ変態な方ごいたら励ましのツイート下さい。
 おまけに藍さんへのラビリン_レターまで晒されたあ〜>_<
 こっぱずかしいっ!
 こっぱずかしくはある…けど、むふふ…
 いいじゃないか
 さっき十季が読み上げたラビリン_レターの文面。さすが朝までかかって練り上げただけはある。
 もう、藍さんのハートは鷲掴み間違いない。
 ドン
 あいてっ!
 いろんなコト考えながら歩いてたらダイニングのドア開けるの忘れてぶつかっちゃったよ(^^;;
 藍さんのことは、またもう少しあとにじっくり語るね。
 50か60くらいで^ ^
「おはよ」
 キッチンにはかあさんがいて、ダイニングテーブルにはとうさんと十季。
 十季がいるので多少バツが悪く、少し機嫌悪そうに挨拶…。
 だが、その十季は俺には目もくれず、しれっとトーストに噛り付いている。
「起きた?おはよう」
 かあさんが、にこやかに、むしろノー天気にハムエッグの皿をテーブルに起きながら、 のんびりという。
 この人はいつもこんな感じ。
 とうさんは無言でお茶をすすりながら新聞に見入っている。
 とうさんはごくごく平凡な商社勤め。
「粕ちゃん、志望大学、もう提出したの?」
 かあさんが、やっぱり呑気に聞く。
「いや、まだ…」
「考えてるんじゃないでしょうね〜」
「あ、いや、まあ、だいたいは決めてるんだけど…」
「普通でいいんだぞ、普通で」
 と、口を挟んで来たのはとうさんだ。
「考えることはない。特に有名な大学の必要もない。なんの特徴もなくていいんだ。あんまり聞いたことのない大学でいいんだ」
「あ、うん…」
 とうさんはいつもこのことを言う。
「何かを目指して一心不乱に勉強など
するんじゃないぞ。手に職なんか持つのは以ての外だ。潰しが効かなくなるからな。特にずば抜けた得意など持ってはいかんぞ。目立たず控えめにごくごく平凡に生きる、これが一番なんだからな。何事もほどほど、ほどほどだからな」
「わかってる」
 俺がすべてほどほどを良しとしてるのはこの
 とうさんの教えが影響しているんだねと、みんなわかってくれたでしょ?
「間違っても声優になろうなんて思ったりするんじゃないぞ。密かにEテレの声優スタジアムに応募なんてしてないだろうな」
「し、してないよっ!」
 なんだよ、平々凡々に生きてるとうさんの口から声優なんて言葉が出
るとは思わなかったよ、ああびっくりした。
「私、応募したけど」
 ボソリと十季が言う。
「なっ!?」
 俺、とうさん、かあさんが一斉に十季を見るっ!
「マジか十季っ」
 と、俺。
「一次予選も通過して来月決勝でNHK行く」
 ええーっ!?
 マジマジかっ?
 まどかマジカっ?
「すごいじゃない十季ちゃん」
 と、かあさん。
「じゃ、野沢雅子さんに審査してもらえるのか?」
 と、とうさん。野沢雅子とか知ってるんだっ。
「まだ審査員が野沢雅子さんかはわからないけど、だったらいいな」
「優勝したら声優体験とかできるんでしょ、あの番組。すごいじゃない」
「とうさんは応援するぞ。夢を持つことは素晴らしいことだ、がんばれよ十季」

 おーーーーい。
 どーゆーこと?
 どうして俺と十季でそんなに見解が違うの???

(つづく)

 目玉焼きに茄子の漬物添え、豚汁とトースト、日本茶という、わが大萬家ではごく当たり前ながら、どうもテレビ雑誌なんかで入る情報からみるとアンバランスな朝食を終えて、平和に家を出る。

 朝からいろいろあったはあったが平和は平和だ。
 俺の通う大萬高校は歩いて行ける。

 この町、大萬市は東京の北、芋玉県にある。  新宿からは30分もあれば来れる。新幹線も止まるし、そごう、高島屋、ルミネ、ビッグカメラ、ドン・キホーテ、アニメイトもある芋玉県一の都会だ。
 俺の家は、駅から…かあさん流昭和ギャグで説明すると「走って転んで20分」の閑静な住宅地。
 あ、気がついた人もいるかな?俺の苗字「大萬」と市の名前「大萬市」が一緒なこと。ま、これは「川崎市」に住んでる「川崎さん」だと思ってもらっていい。でも実は俺の方は「だいまん」と読む。市の方は「おおまん市」なのだ。これはそうだなあ〜、
「白石(しろいし)市」に住む「白石(しらいし)」さんだと思ってもらえばいいかな?
 と、どうでもいい解説を心の中で呟きながら、俺は少々心臓が高鳴って来た。
 それは…。
 俺の制服のブレザーのポケットには、ふふ、あの、あの、ラビリン_レターがふわさ〜と入っているのだ。
 俺は、これを今日、美山藍さんに渡すのだ。
 教室でね。
 美山藍さんの席はね、なんと俺の右隣なんだよ。
 今のクラスになった時にさ、うわあ〜可愛い子いるなあ〜なんて思ってたわけよ。それが美山藍さんなわけなんだけどね。そしたらさ、席順のくじ引きで藍さんが俺の隣になったわけよ。
 こりゃ運命でしょ。
 藍さん、隣の席に来た時、俺を見てにっこり笑って、
「美山です。よろしくお願いします」って、言ったんだよお〜。うへ〜思い出したらまたキューンとなって来た〜。かーわいかったなあ〜。
 あの笑顔はさ、少なからず俺に好意を持ってるよね、うん、間違いナッシング。
 俺は、この手紙、よくある下駄箱に入れておくなんてことはしないよ。だってすぐ隣にいるんだもん。手渡しするんだ。なんかこう、世間話なんかしててさ…「ダウ平均株価の上昇が激しいですね」とか…「年金の受け取りを70歳からに申告すると年額が110万円になるらしいですよ」とかね…
 で、さりげなくついで感たっぷりに、
「あ、これ、良かったら…」
 なんて言って手紙をすっとね、彼女の机の上に差し出すのさ…。藍さんキョトンとするね、最初は。でもすぐに察するよ、アタマのいい人だから。
「あ、え…?」
 なんて、戸惑って、頬をフッと桃色に染めちゃったりしてね、
 そういう人ですよ藍さんは。奥ゆかしいんだ。控えめなんだ。そこがなんとも愛らしい。
 手紙の最後には「本日放課後、大萬公園の竪穴式住居の前で待っておりまする」と締めくくってあるんだ。
 くふふ〜、藍さんのはにかむ顔が目に浮かぶなあ〜。
 その時
「なにニヤけてるのおにいちゃん_」
 いきなり背後から十季が襲ってきた。ってか俺に腕組みをして来やがった。
「妹モノのエロ漫画思い出してたの?」
「ば、ばかやろうっ!」
 とか言いながら、なんだこの腕がぴったりと、いや、腕だけじゃなくて、ほんのり乳…あ、いや、なんだどうしたっ!リアル妹なんかにドッキリすな俺っ!
「ちょっと、お前なにやってるんだよ」
「え、だってさっきの漫画にこういうのあったよ、妹とおにいちゃんが腕組んで歩いてるの、『おにいちゃん大好きっ_』で」
 ある!確かにある!いいシーンなんだ…ってそれはいいんだよもお〜!
「こうゆうので萌えるの?」
 腕を組んだまま見上げながら、いたずらっぽい目で十季が言う。
 うっ!
 正直いま萌えたっ(>_<)
 無念っ!
「ばかやろーっ!」
 焦って腕を振り払う。
 振り…あれ?払えない…。
 ふんふん。
 振り払うが離れない。
 十季、お前は忍者か?
「おんや、朝からお熱いね粕タロー」
 としゃがれた下品な声を掛けて来たのはスナックどろんのママだ。
 朝のママはとことんだらしない。
 営業中のママはもちろん見たコトはないが、営業が終わって片付けも済ませたところなんだろう。いつも通学時刻に店の前に出てる。
 化粧もすっかり落ちてパーマ髪をバッサバサに無造作に後ろでひっつめて、くわえ煙草。それにしてもその胸がずろーんと開いたシャツはなに?オッパイ見えてんですけど。ブラもしてないんですけど。はあ、全部丸見えだけどさすがにそのオッパイは萌えねえす。
高校生の俺がなんでスナックの
 ママなんか知ってるかというと、何度か酔っ払って手がつけられなくったとうさんをママが肩を貸す形で家まで連れ帰って来たことがあったからだ。
 ママの営業メイクはだいぶ崩れてはいたけどこの時に垣間見てはいる。
 かあさんはその度に不機嫌。かなりこのママを嫌っているようだ…が、そりゃ
 そうだ。
「妹ですよ妹っ!」
 焦った俺が言う。
「お前の妹がそんなに可愛いわけがねえだろっ」
 どっかで聞いたようなフレーズを浴びせて来るママであった。
 可愛い?
 妹が?
 思わず俺は改めて十季を見てしまった。
 ん…。
 か、可愛いな…。
 (#・_・;#)
 あ、あれ?

「おにいちゃん、美山藍さんだよ」
 十季はそんな俺の動揺など気にせず、前方を見ながら突然言った。
 ドキンっ!
 我に帰る俺。
 妹から前方に目を向け直す俺。
 みっ!
 美山藍さんっ!
 美山藍さんが、ちょうど櫛引町の方からやって来ていて、俺が歩く大成町三丁目からの道

と、合流する形で歩いて来ていた。
 妹のコトはここで吹っ飛び、俺の脳内は美山藍さんで満ち満ちた。
 多分相当に口をあんぐりこんと開けていただろうなあ〜(後日回想)。
 相当に口角が上がりまくっていただろうなあ〜(後日回想)
 浮かれた時のアフロ田中みたいに。
「おにいちゃん、がんばれ」
 そう言って十季はするりと俺の腕の中からすり抜けると、素早くくるんと背を向け、後ろ足で俺の背中をドンとキックして大萬中学方面に駆け去って行った。
 俺はそんな十季を見送るコトもなく蹴られた拍子で前につんのめる。
「とととっとっ」
 止まったところが、
 美山藍さんの50センチ手前。
 まるで十季のやつ、計算して蹴ったかのごとくであった。
 忍者かっ。
「あ…」
 50センチ先の美山藍さんが、俺に気づいて控えめなリアクションをした。
「あ…」
 咄嗟に俺もリアクションが出来なくて控えめになってしまった。
「おはようございます」
 美山藍さんが控えめに会釈した。
 そうだ、だいたいこの辺で美山藍さんのことを語ると前に書いたよな。

 美山藍さんは…。

 美山藍さんは…。

 か、髪はその、さらっと短くもなく長くもなくほどほどで…(ほどほど好き)
 そこに来て丸過ぎず細過ぎずぼどほどで…(ほどほど好き)

目もぱっちりし過ぎず小さくなさ過ぎずほどほどで…
 首筋が…
 え?
 わかりにくい?
 あ、じゃもう、こうです。

http://www.garitto.com/product/22462020

(勝手にリンクしていいのか?)

(つづく)

 美山藍さん。
 うーん、笑顔がキュート。
 美山藍さんは、俺に控えめに「おはよう」と言った。
 この笑顔である。
 美山さんは、授業中、一日になんどもこの筆禍笑めない笑顔を俺に向ける。
 俺のことを・・・俺のことを・・・憎からず思っているに違いないのだ。
 ふふふふふ。
 藍さん笑顔を見ているうちに溜まらなくなってしまった俺は、もうこの場で手紙を渡すことに致し候。
「藍さん」「はい?」「これを」「え? なんですか?」
 屈託のない笑顔だ。
 藍さんが、手紙に手を差し伸べたとき、その手が届くその寸前のことであった。
 突然、背後からの恐ろしく強い力で俺の首が締められた。
「うぐっ」
 後ろに引っ張られる形になった俺。
 それと同時に手紙は俺の手を離れていた。
 藍さんが_んでいたのだ。
 だが今の問題は、突如俺が襲われたコトである。
 な、何ヤツっ!?
「ねねねね、あれ、お前のいもーとっ__」
 と、徳永英康だった。
 あの妹モノ好きの。
 俺に無理矢理自分の趣味の妹モノのアレを押し付けた変態徳永英康だった。
 英康のバカは絡ませた首を強引にくるんとぶん回し、俺を180度後ろを向かせやがった。
 イデーっ!
 今さっき別れた十季の、大萬中学に向かう後ろ姿がそこにあった。
「そ、そうだけど…」
 しまった、英康には俺に妹がいるコトなど言っていなかったのだ。
 言えるかこの変態に。
 そんなん知られたら妹に何されるかわかったもんじゃないってぎゃー今ばれてもたっ!
 しかし、それより俺は手紙を受け取った藍さんの反応が気になる。
 ぶん回された首をガッツでクイとねじって藍さんを振り向く。
 藍さん・・・・。
 読んでるぅ〜〜〜っ!
 封を開けて読んでるぅ〜〜〜〜っ!
 読んでる表情は〜〜〜〜。
 無表情〜〜〜っ!
 これはどういうことだ?これはどういうことだ?これはどういうことだ?
 そか、人間そんなすぐに反応が出るワケない。
 そのうち、藍さんはポッとはにかんで顔を赤らめて、ちらと俺を見るぞ。
 ・・・・。
 見ない〜〜〜っ!
 ちっとも見ないけど〜〜〜〜。
 そして、そのまま・・・背を向けて・・・?
 あれ?
 手紙は・・・降ろした手に持ったまま・・・? 広げて持ったまま・・・?去って行きますよ?
 な・・・
 なかった・・・
 反応がなかった・・・
 なぜだ・・・と脳内を巡らせる俺に、さっきからなんかぶつぶつ言ってるんですけどキムチ納豆臭い徳永英康が・・・。
「しょうおかいしろよおまえのいもうとしょうかいしろよおまえのいもうとしょうかいしろよおまえのいもうと・・・・」
 するかーーーーっ!!!
 あっという間の放課後。
 俺の足は大萬公園の一角にある竪穴式住居に向かっている。
 今朝の鬱陶しい英康のコトなど飛ばすよ。なんか一日俺にすり寄って来てたけどスルーするよ。
 しょうかいしろいもうとしょうかいしろいもうとと一日言ってたけど無視したよ。
 英康のコトなどどーでもいい。
 藍さんのコトの方が…あ、その藍さんなんだけど…。
 一日無表情であった。
 机隣の藍さんは一日俺を見なかった。
 いつも、…それこそ5分置きに俺をちら見していた藍さんが今日は一度も…。
 これは何を意味するのか?
 藍さんが俺を憎からず思っているコトは間違いないのだ。
 一日何度も俺のコトをちら、ちらと見るの だから。(昨日までは…)
 俺のコトが好きなのだ。
 違いないのだ。
 違うのか?
 違うはずはない。
 違わないといいが。
 いや、違わないに違いないっ!
 シャイなんだ。
 控えめだからシャイなんだよ藍さんは。
 シャイニングガールなんだよ。輝けるシャイニングガールなんだ美山藍さんは。
 だから、この俺がリードしてあげないといけないと思うのだ。
 そういう方向に持って行かなくてはいけないのだ、この大萬粕太郎がっ!
 びっくりしたのだ藍さんは。
 そうだ。
 俺にラビリンレターもらってたまげたんだ。
 生まれてはじめての体験だったに違いないのだ。俺もそうなのだから間違いないのだ。
 嬉しくて固まっちまってるんだ。
 そこに持って来て俺のうっとりするような愛の言葉の大洪水なのだから。
 ん?
 でもなに書いたんだっけな?
 なんか朦朧として書いたから忘れちまったぞ。
 ん?一晩かけてあれやらこれやらうっとりワードを思い浮かべた挙句、もしかしたら本文を書いてなかったりして…という気も少しよぎったがいやもう今更どうでもいい。
 会ってから直接伝えればいいじゃないか。
 俺のラビリンレターには、放課後この竪穴式住居に来てほしいと書いたのだ。
 そこで俺は正式に気持ちをぶつけるのだ。
 ありったけの言葉でな。
 その言葉を藍さんは待っているのだから。
 待ってるはずだ。
 待ってないか?
 待っているだろ。
 待っているに決まって待ってるっ!
 はい、よろしくお願いします…とはにかみながら藍さんは言うよ。
 こんな私で良いのでしょうかなんてはにかみながら言うよ。
 言うんだよ。
 言わないか?
 言うと思うがな。
 言うっ!
 言うううう〜*?(^o^)/*
 そして、俺と藍さんは人も羨むラブラブカップルとなり、わが大萬高校略して、…いや略してはいけないのだ我が校は、その大萬高校一のベストカップルとなるのだ。
 おめでとう俺っ!
 と、俺が近い将来の勝利を確信している時、 この大萬公園から北東30km離れたある場所では、この物語と、なによりこの俺の運命が、大きく転換することになる重大な事態が起こっていたのであるが、もちろんこの俺はそのようなことは知る由もなかったのである。

 藍さぁ〜ん

「なんだ貴様ぁ〜、しまらねえ顔して、あ?藍さんて誰だ?」
 思い切りラブ妄想を繰り広げ悦に入っていた俺に、突然ガサツな声が浴びせられた。
「え?」
 見るとジャージ姿のわが大萬高校体育女子教師、群馬葵がその場走りぶみをしていた。大萬公園をランニング中であったようだ。
 てかすんげえ上下動してるっすよ先生…。ゆっさゆっさしてるっすよ先生。乳がっ_
 この群馬先生は体育の時間のみの教師であるのだが、毎時間このゆっさゆっさを拝見するのが何気に楽しみではある。
 性格はガサツだが、ビジュアルはしごくいい^ ^
 体育の授業は男女分かれてになるのだが、男子体育の担当がよりによって巨乳教師でありますのですよふひふひ。体は結構すらっと細いのにこのド巨乳。たまりません。
 しかし微乳好みの英康なんかはつまらなそうにしている。
「ちっ、くっだらねえな」と大沢木大鉄のような台詞を吐いている。
「竪穴式住居の前かなんかで告るのか?ん? がっはっはっ、せえぜえがんばんな小僧っ」
 ぼむっ!っと意味もなく俺の腹に拳を見舞いながら群馬先生が言う。
「ごぶあっ、何故それをっ!」
 だが、俺の言葉もロクに聞かないまま、巨乳教師は走り去っていった。
 なんなんだ。
 まるで前回、書き忘れたかのように突然登場した群馬葵…いきなりぼむって…。

(つづく)

 俺が大萬公園、略して…いや、略してはいけない大萬公園の竪穴式住居に、ラブ妄想を繰り広げながら向かいつつ群馬葵に「ぼむっ」てやられてたその頃…。
 この大萬市から北に10里離れたところに萬粕町という城下町があった。
とは言っても俺はちっとも知らないのだが。
 同じ芋玉県内であるというのにぜーんぜん知らないのだ。
 だって、高校生の行動範囲なんてたかが知れている。
 俺はほとんど大萬市を出たことはないのだ。
せいぜい隣町の上尾のプールにチャリで行くくらいである。
 そして、その10里離れた…ん?なんで俺、そんなおかしな単位使ってる? 時代劇じゃあるまいし…。
 まとにかく、萬粕市には城がある。
 萬粕城。
 しかしこれも俺は知らない。
 知らない場面の解説って難しい。
 そうだ、さりげなく「俺」と言う一人称目線から離れていくことにしよう。
 しかしまあ、この現代に城って…。しかもここの城ってどうも観光とか出来るそんな城ではなさそうだ。
 そこはマジ、現役の城。そして、そこには萬粕家という武家の血を引く一族が代々住み着いていた。もう、すでに俺はちんぷんかんぷん過ぎていたたまれない気分だ。
 その萬粕城の一室に敷かれた床で、19代当主・萬粕机衛門(つくえもん・89)が今しも、大往生を迎えようとしていた。
 傍らには20代当主となるべく男、萬粕少吾、齢14才が控えていた。
 89歳の萬粕机衛門75の時の子供と言うことになるけど、この際そんな計算はどうでもいい。
 もうすぐ死に行くはずの萬粕机衛門の寝顔を、少吾は静かに見下ろしていた。
 少吾の背後のつい立ての影に、気配を殺して控える者がいた。
 忍び…。
 少吾の口から静かな呟きが漏れた。その影に向けて。
「粕太郎兄…いや、太吾を…」
 少し間をため、少吾は続けた。
「消せ」
 その言葉をまるで待っていたかのように、影は短く「は」と答えた。小さな風の音が立った。少吾は影が任務に向かって即座に動きはじめたことを悟った。
 再び静寂に戻った。
 少吾はその後もそこに座り続けた。
 机衛門の息が止まるのを待っているかのようだった。

 ややして、少吾の頭上、天井のうらからも、小さな風の音が立ったのであるが、これは少吾にも気づかぬほどであった。

 物語は少しだけ動き始めたようである。

 俺がおっぱいたてゆれ先生、群馬葵に会う少し前、北に10里の萬粕城の一画から一匹の伝書鳩、デバトン(決してコ○トンのパクリではない)が南の方角、つまり大萬市に向かって飛び立った…らしい。
 デバトンを放ったのは、少吾の部屋の天井裏に忍んでいた秩父くノ一三峰衆のひとり青葉といったが、とにかくこの時の俺は何も知らない。
 そしてもう一羽、追うように黒鳩、クロバトン(決してコ○トンのパクリではない)も飛び立った…らしい。こちらの方は秩父忍者武甲衆と呼ばれるなんだかそんなのの手のものが放ったらしいのだが、どっちにしても俺はまったく知らないことであった。
 俺は大萬公園の竪穴式住居前に着いた。
藍さんはまだのようだ。
 竪穴式住居前。
 実にロマンチックなプレイスだ。
 周囲は木々で囲まれていて爽やかな風が葉を揺らしさやさやと心地よい音を奏でていた。
 隣には県立の弓道場がある。
 俺はまったく興味がないが、何処かの学校の弓道部かなんかだろうか?しゅ、しゅとたまに小さな音で矢を射っていた。
 藍さんは…まだ来ないなあ〜。
 俺は目の前にある竪穴式住居をじっと見ていた。
 竪穴式住居…。可愛い家だなあ〜。少し半地下になっていて、可愛い扉がついている。
 将来、藍さんと家庭を持ったら、こんな可愛らしい家を建てよう。
 いや、いっそこの竪穴式住居に住めないか。この家は建売はしてないのか?
 俺が仕事を終えて帰って来る。
 この小さな玄関の戸を開ける。
 「ただいま、藍_」なんて言っちゃう。そしたら藍さんは家の真ん中にある囲炉裏に火を起こしている最中。あの木を手でぐりぐりやって火を起こすやつをぐりぐりやりながらくるっと振り返って「あらおかえりなさい粕太郎さん」
「なんだい火なら俺が起こすよ」「だいじょうぶわたしがやります」「いいからいいから」「あらじゃあ粕太郎さん一緒にやりましょ_」なんちゃってふたりで手を取り合いながらぐりぐりぐりぐりと…。家を〜作るなら〜♪ 家を作るならば〜♪ 竪穴掘って〜♪藁を敷き詰めて〜♪ ぐりぐりぐりぐり〜♪
「あの…」
 あ…?
 藍さんが立っていた。
 浮かれて歌など歌いつつ将来のふたりの姿を思い浮かべてたら藍さん来てたっ(°_°)
「あ、藍さん…」
 俺は途端に緊張した。
 藍さんは…。
 藍さんは…少し俯き加減で…深刻な顔をしていた。
 え…?
 どうしたの?
 や、やっぱり、そりゃ、緊張するよね。
 うん、だいじょうぶ。俺もめちゃ緊張してるから。
 さあ、俺から…俺から声を掛けなければ…。
「藍さん…本日は…えーと本日は…あ、足元のお悪い中…このような…」
 な、なに言ってるんだ?
 足元悪くねーぞ。
 俺、緊張してる〜思った以上にことのほか緊張してるぅ〜。
 どうなる俺の告白ぅ〜っ>_<

 その時、デバトンが俺を頭上を飛び抜けて行ったコトを…俺は知らなかった。
 そして…。
 その瞬間、弓道場から放たれた一本の矢が、やはり俺の頭上を掠め、先に飛んでいたデバトンを打ち抜き、先の茂みに落下したコトも、俺はまったく気づかなかった。

 そして、藍さんですらそれに気づかなかったのであった。
 藍さんは、俯いたままであった…。

(つづく)

「藍さん…」
 俺は緊張の中にも湧き上がってくる情熱で体が燃えそうだった。
「あ、あの…」
 ようやく藍さんのくちびるがはにかみながら動いた。
 か、可愛い☆可愛すぎるぞ、その、くてぃびぇお…。
「私も大萬くんのことが…」
 ほら来たやっぱりぃ〜*?(^o^)/*
「…好き…」 
 ほーらほらほら来た来たやっぱり〜\(^o^)/
「でもなんともないの」
 ズコーっ!
 コケたあ〜>_<
 漫画みたいにコケちまったあ〜。
「コケーっ!」
 悲鳴もそのままコケーっ!と言ってしまったっ!
 な、なんでやねんっ!
 なんでそうなる?
 そ、そんな答えは想定してなかったよ…。
「私も大萬くんのことが好き…」ときたらその後は普通「でした」か「だったの」だろっ!
 お決まりだろっ!
「好き…でもなんともない」???
 わからない。ものすごいダメージ。
 立ち上がれないんすけど。
 そんな答えは想定してなかったよ。
 頭の中がひっくり返ってノー味噌全部こぼれ落ちた。
「あ、ちがう…」
 藍さんが言った。
 え?
 俺は顔を上げた。
 ちがう?
 確かに今「ちがう」と言ったね藍さんっ!
 藍さんの顔…。
 ?
 どうしたの?
 泣きそうにつらそうだ…。
 どうしたの?
「わたし…粕太郎さんのコトを…」
 え?
 え?
 なになになになに?なにーーーー?
「好きに…」
 ほーら来たあ〜ぁ\(^o^)/
 立ち上がったぞ俺っ!
 待ってましたよ藍さん、もう焦らしちゃって〜。もぉ〜お茶目な藍さん〜?
「もなんにもなってませんごめんなさい」
 ズコーンっ!
 再び地面にどたまがめり込んだわっ!
 コケたなんてもんじゃないわっ!めり込んだわっ!
 あ、藍さ〜ん、それはなかっしゅ〜(T . T)
 なかっしゅなかっしゅなかぶあぃいやいやい〜T^T
 藍さんは「ごめんなさい」の言葉と同時に頭を下げていた。
 俺は長い時間かけてやっとコケの体勢から見上げるように藍さんを見た。そして…。
 そして…。
 泣いている?
 泣いて?
 なぜ?
 泣きたいのはこっちで…。
 振られたのは俺で…。
 藍さんがわずかに顔を上げて俺を見た。
 涙がぼろぼろと頬を伝わって流れ落ちていた。
「藍さん…」
 藍さんは、俺のコトを好きでもなんでもなかった。
 でも、それを言う藍さんのこの大粒の涙はなんなんだろう?

思考能力が停止してしまった俺はただ藍さんの泣き姿を唖然と見上げるだけだった。
 俺が…この藍さんの涙の訳を知るのは、…それは…もう少し…先になる…。
 
 ☆ ☆ ☆

 その時…。
 しゅるしゅるしゅるっと鈍い風を切る音が聞こえた。
 それはっ!
 無数の矢がこちらに向かって飛んで来る音だった。
 泣いていた藍さんの表情が一瞬にして鋭くなった。
 涙はちぎれ飛び、すぐに乾いた。
 そしてあろうことか、藍さんが俺に抱きついた。いや、抱きついたのではない。コケている俺を掬いあげるように抱えたのだ。俺は藍さんと重なり合ったまま地面を一回転半することになった。
 ふと見ると今ままで俺がいた地面に矢が立て続けに突き刺さった。そして次の瞬間、矢先が爆発した。
 地面がえぐれ飛んだ。
「えっ?」
 考える間もなかった。
 が、矢が飛んで来たのは確かに隣の弓道場からであった。
 藍さんは俺を抱えたまま姿勢を低くしてその弓道場の方に意識を向けた。
 さっきまでいた何処かの弓道部の姿はなかった。
 その代わりに幾つかの影が素早くこちらに向かってクロスしながら近づいて来た。 
 いや、俺はそれをしっかり確認出来たわけではない。ただ、そんな風に見えただけだ。
 だが、再びなん方向からも矢が飛んで来た。
 これ、確実に俺に向かって来ているっ! 俺は串刺しになること確定だった。
 が、次の瞬間俺は頭上高く飛び上がっていた。いや、飛び上がったのは俺ではなく、俺を抱えた藍さんだった。
 的を失った矢はそのまま今まで俺の後方にあった竪穴式住居に突き刺さった。そしてさっきの地面と同じく矢先が爆発した。竪穴式住居はふっとび、さらに炎上した。ぶ、文化財がっ!などと冷静な判断をしている余裕はまったくなかった。
 竪穴式住居の炎上を俺は空中から見下ろしていた。
 とす…と、俺は着地した。
正確には着枝かな?などとやはり冷静に言い直している余裕はなかった。
 な、何メートルあるんだこの木は?15?20?…だから、とにかくそんなコトを冷静に考えている暇はなかったのだってば。
 俺はとてつもなく高い木の上の枝に藍さんによって連れて来られた…のだ…。
「お怪我は?」
 あのほどほど美女の藍さんが今、きりりとした目でそう言って、俺の答えを待つこともなく、素早く俺の体をチェックした。
 俺は、無事である。無傷である。なんともない…。だが、とてつもなく高い木の上にいてそれは藍さんに抱えられてだ。
 いや、同じことを何度も書いてしまうが、俺はとてつもなく高い木の上に藍さんに抱えられて来たのだ。本当の意味で無事なのか? 俺のいた地上では爆発する矢で地面はえぐられ

 竪穴式住居は燃えている。
「少吾さまによる暗殺命令が…下った模様にございます…」
 言い淀むように、俺から視線を外し…いや、これは周囲を注意深く探っているのか?わからないけど…藍さんはそう言った。
「え…?」
 俺にはなにもかもわからなかった。
 しょうご?
 あんさつめいれい?
 藍さんが、再び俺をキリと見た。
 強い目だった。
「太吾さまのお命、この藍が身命を賭してお守りいたします」
 そう言って藍さんが頭を下げた。
「え?」
 …と、俺は言うばかりだった。

 何体かの影が俺のいる木の幹を垂直に走り登って来た。
 藍さんは、す、と身構えて制服の襟に手を掛け、びりと制服を引きちぎる。続けてスカートも。
 下は藍一色の装束だった。するりとやはり藍色のスカーフを取り出したかと思うと顔に巻きつけた。藍さんの顔の目以外が隠れ藍一色になった。
 そしてダッシュしたかと思うと真一文字に木の幹を走り下った。
 下から向かって来る影とすれ違ったと思った瞬間金属の叩き合う音がした。
 すべての影が地面に落下した。そのうちの藍色の一体がバウンドして跳ねた。地面からまた連続して爆発が起こった。
 藍色以外の影がすべて爆発した。

 木の幹にしがみついてそれを見ている俺の体はどうしようもなく震えていた。歯がガチガチとなっている。心臓の鼓動がもう俺の体から飛び出るかと思うほど激しくなっているのがわかった。その鼓動の大きさで俺は枝から弾けて跳んでしまうのではないかと思ったほどに。

(つづく)


ア…アタマウニデッカ?
オレ…アタマウニデツカ?
愛の告白中に起きた珍事…ちんじ?…に俺はアタマウニデルカ?
考えるのーりょく発動不可能。
見ている光景を受け入れのーりょくゼロ。
今の俺はただ心臓がばくばくしている生き物に過ぎなかった。
藍さんの藍一色の姿は…まるで忍者…なのだ…。忍者…なのだ…。忍者…なのだ…。
なんだか大事なコトなので三度言いました。
地上で起こった爆発の煙がまだ生々しい中、さらに新たなる無数の影が飛び交っていた。そしてまた俺に向かって何本もの矢が放たれた。
藍装束が…藍さんが、その矢を追うようにジャンプした。俺に届くその寸前に藍さんが矢を刀で全て薙ぎ払った。矢はやはり宙で全て爆発した。か、刀?
藍さんが体をひねり地上に向かい立て続けに手裏剣を放った。しゅ、手裏剣?
手裏剣は地上の影たちにすべて命中し影たちはその場に倒れた。そして、次の瞬間ことごとく爆発した。ば、爆発っ?
宙にいた藍さんが今度は地上に向かって落下していった。いや、木の幹を垂直に走り下っている。
地上では早くも次の影の集団が現れ弓を引いた。その影たちに突進しながら藍さんはまたもや手裏剣を連投した。
☆132
鮮やかで素早い動きだった。さすが俺の惚れ込んだ藍さん…て、何を俺は呑気な解説をしてるんだっ!
影の集団は矢を放つ前に粉砕された…と、思ったのだが、倒れこむ影たちのひとつから矢が樹上の俺に向かって発射されていた。その矢は必然的に地上に突進する藍さんに向かっていた。
「!」

藍さんが低く息が漏らし体をひねって避けた…が、矢は腕をかすって抜けた。
藍さんの腕から血がほとばしり散った。
「藍さんっ」
思わず俺は声を出していた。
叫んだつもりだったがほとんど喉に絡まって音にはならなかった。
その瞬間から藍さんのが木の幹から離れ落下の態勢になった。
今度は本当に落下だった。
そしてっ!
藍さんの腕をえぐった矢は真一文字に俺に向かって飛んで来る。
「ひっ!」
ざぐっ!
矢は俺には当たらず俺が乗っている枝の下側に逸れて刺さった。
藍さんの腕をかすったために的が外れたんだ。
その矢が爆発した。
俺の乗っている枝は根元が吹っ飛んだ。
俺は木の枝ごと落下しはじめた。
藍さんが地面に転がった。影たちが一斉に刀を抜いて藍さんに襲い掛かった。藍さんはまた刀をまるでバトンの様に振り回し体を回転させながら影を斬った。斬った?
斬られた影たちは倒れこみながらみな爆発した。
俺は落下しながら頭上に四方から矢の迫り来る音を聞いた。
そう頭上からだった。
今度は敵は木の上にいたに違いない。て、敵て。よくわからないけどとにかく敵だろ。
敵じゃないか?
敵的な敵だろ。
藍さんが再びジャンプした。
俺は俺が乗っていた枝から離れていた。
地面に向かってただ落ちるのみだった。
頭上背後から迫る矢の音。俺はその矢がすべて俺に向かっていることを確信していた。
俺は何故か知らぬが命を狙われているのだ。それだけは肌でわかった。あとはなんにもわからない。わからないが、迫り来る矢は俺に刺さるのであろう。
それはなんだかわかる。
そして、それまでのように矢は爆発するのであろう。
つまり俺は…死ぬっ!
死ぬ?
死ぬって?
なんでだっ?
死ぬ理由がない。
すべて鳴かず飛ばずに目立たなく育ってきた俺がなぜ矢にささって爆発して死ぬのですか?
わかんな過ぎるよっ!
そんなアタマコンラン落下してる俺を、ジャンプして来た藍さんが下から抱きとめた。
「えっ?」
そして藍さんはくるりと身体を回転させ、俺をかばうように体を入れ替えた。
「藍さんっ、なっ!」
なにをするんだっ!と、言いたかったのだが最後まで言えなかった。
次の瞬間、ドスドスドスと鈍い音がした。そしてその振動が伝わってきた。
藍さんに抱きかかえられている俺はそれを確認することは出来なかったが、頭上から襲い来た矢は藍さんの背中に刺さったのに違いなかった。
そ、そんなバカなことが…!
「藍さんっ!あ…」
藍さん…ともう一度言いたかったが続かなかった。
俺を抱える藍さんの力がふっと弱まったのだ。
藍色の頭巾で覆われた藍さんの顔が俺の左肩に伏せるようにあった。俺は頭巾から覗く藍さんのうなじを目の前にしていた。
「太吾さま…」
藍さんが俺をそう呼んだ。
そう弱々しい声で呼んだ。いつもの控えめの藍さんの声だった。
「太吾さま…殿…」
…とも呼んだ。俺のことを…殿…と…。か細く震える声だった。
「…藍…叶うことならば…末長く…太吾さまのおそばでお守りし続けとうございました…」
そう言った…。
消え入りそうな声で藍さんはそう言った。
その意味は…まるでわからなかったが、藍さんの、その力尽きたような声が、そのすべてを諦めた言葉が…俺の胸にしみてきた。
訳もなく涙があふれ出た。俺の目から。
まるでこれがもう最後のひと時のような…そんなはずないのに…
そんなはずないのに、そんな気が…そんな…気がした…。

「藍っ!」
「藍さまっ!」
地上からふたりの女の声がした。
それは…。
それは、なんと…
あろうことか…
十季と…
十季とかあさんの声だった…
藍さんが、十季とかあさんの声に呼応するようにぴくりと動いた。
抜け切ろうとしていた藍さんの身体に再び力がこもった。
藍さんが俺を力強く抱え直し、地上目掛けて突き放した。
俺は、藍さんの身体から離れていった。宙に残る藍さんの藍一色の全身が見えた。
その背中に突き刺さった矢も…見えた。
「藍さん・・・」

☆ ☆ ☆

10分前。
「ただいま〜」
と、十季はいつものように大萬中学から帰って来た。
「なんかある〜?」
と、十季はのんきに冷蔵庫を開けた。
「プリンあるわよお〜」
かあさんがのんきに答えた。
「あ、マンゴープリン、なんかでっか〜い」
「大萬フェアやってたのよスーパーオザワで。おおまんにひっかけて大マンゴープリンだって、あははははっ」
「あははは、なにそれぇ〜」
日常だった。
だが…。
ゴンっ!
と、何かが台所の窓ガラスに当たり、ふたりをそっちを見た。
窓の外に血まみれのデバトンがいた。

萬粕城を飛び立ったデバトンの後を追うように飛びたった武甲衆のクロバトンは竪穴式住居隣の弓道場にいた武甲衆弓組(粕太郎を襲った影の集団である)にいち早く少吾の暗殺指令の発令を知らせていたのだった。
それに依りデバトンは大萬公園でこの弓組に射抜かれたのだ。
だがデバトンも忍びの鳩。
自ら矢を引き抜き(どうやって?)、目的地の大萬家にたどり着いたのだった。
「デバトンっ」
十季が駆け寄り窓を開けデバトンを抱えた。足についた小さな紙片を取り出し、
広げて文面を確認した。
再びふたりは見合った。覚悟していたことだった。
すべてが終わり、すべてが始まる。
「太吾さまは?」
かあさんが聞いた。
「おそらく竪穴式住居」
十季が答えた。
「警護は藍のみか?」
「はい」
「デバトンがこの状態で何も起きていない筈がない。急げ十季」
「はっ」
次の瞬間、ふたりは鴇色と柘榴色の装束で家を飛び出していた。と、鴇色とざ、柘榴色?

☆ ☆ ☆

その10分後だった。
藍さんは体を翻し、周囲の木々めがけ鎖分銅を何本も投げた。く、鎖分銅っ?
しゅるるるるっ
鎖分銅は蜘蛛の巣のように四方に飛び木々の中に散った。
回転をやめず藍さんが鎖を手繰り寄せた。
分銅に絡め取られた6人ほどの弓組らがひっくくられた。
トンと木の幹を蹴り藍さんは大池の方に飛んだ。
池の中程から奥は水草が茂っていた。
藍さんと絡め取られた弓組がその水草の中に姿を消した。
藍さんが見えなくなった。
藍さんが俺を宙で抱きとめてから、水草に姿を消すまでの時間は…おそらく数秒…。
俺は地上に落下した。
地上すれすれで俺は柔らかい手で受け止められた。
鴇色と柘榴色の装束に身を固めた十季とかあさんだった。
かあさんが俺を背後で抱え、十季が俺の上に覆いかぶさった。
俺の視界は十季に寄って遮られた。
俺の顔の上に十季の胸があった。
どおーーーーーん
爆発音と共に水柱が立った。
地面が振動して俺の体が小刻みに揺れた。
ざざざざざどお…
大量の水滴が俺たちの上に降り注いだ。
俺の上には十季がいた。
ほとんどの水滴は十季がかぶった。
やがて・・・。
水滴の音がやんだ。
全てがおさまった。
俺も・・・十季も・・・俺の下で俺を抱えているかあさんも・・・動かなかった。

俺の耳に、のどかな鳥たちの声が蘇って来た。

第一話 おわり

| 大地丙太郎 | くのいちせぶん | 22:42 | comments(0) | - |
くのいちせぶん
Twitter上で始めた読み物『くのいちせぶん』が2話に突入しました。
その1話を、大地丙太郎webの日々は楽しい♪のブログにまとめていたのですが、こちら、かつて「大地丙太郎スタイル」だったブログを「大地丙太郎文庫」と名を変えてまとめました。
このブログは「大地丙太郎スタイル」から新書「これが演出なのだ」の出版にこぎつけられた縁起のいいブログなのです。

#1は次の記事からです。

良かったら感想などコメントにもらえると大地、やる気出ます^ ^

おいおい日々は楽しい♪でのくのせぶに関する記事もこちらに持って来ますね。








 
| 大地丙太郎 | くのいちせぶん | 11:15 | comments(0) | - |
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
+ SPONSORED LINKS
+ SELECTED ENTRIES
+ CATEGORIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ LINKS
+ PROFILE