大地丙太郎文庫

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くのいちせぶん3話 01

くのいちせぶん
第3話「最近くノ一の様子がおかしいんだが」

 

1


今、俺の家には4人のくノ一がいた。
そして、そのうちのふたりは瀕死だった。
特に、妹・・・本当の妹ではないが、妹の十季は相当な深手の筈だった。いや、深手どころではない。背中から腹にかけて刀が貫通し、アレだけ大量の血が流れたのだ。死んでいても不思議ではないくらいだ。普通なら死んでいると思う。
あの時・・・。
地面に倒れ、動かないままの十季が声を発した。
「とのの・・・おっしゃるとおりにしてくださいませ・・・山吹さま・・・」
藍さん・・・実際には藍さんではなかったが…にとどめを刺そうとした山吹さんに向けた十季の言葉だった。
あの時、十季はすでに血が止まっていた。少なくとも俺にはそう思えた。なにしろあの時あの状態で生きていたコトに驚いた。
どうやら十季はうずくまりながら、秩父忍ビ三峰衆に伝わる秘薬で自ら止血したらしい。
今、十季の部屋の床に就いているくノ一がふたり。十季と群青さん。十季は自分のベッドに。群青さんは床に敷いた布団の上に横たわっていた。
このふたりにその忍者秘薬を塗っているのが柘榴さんと山吹さんだった。
群馬先生こと群青さんもかなりな深手ではあったようだけど、意識はあった。時々苦しそうな息を漏らしていた。
十季は・・・。
十季は、完全に気を失っているようだった。
息は?
息はしているのか?
まるで死んでしまったように、十季はうめき声さえあげなかった。
このふたりは、またしても、この俺のために、この俺の命を守るために、こんな姿になっているのだ。
俺は・・・。
俺はどうにもやるせなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
でも、なんで俺がこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ。この運命の変化にまだ完全については行けてないぞ・・・うーん、いや、いろんな思いは巡るけど、今は十季。目の前の十季が無事でいてほしい。それだけだ。
十季に薬を塗っているのは、かつて、昨日の朝までは確かに母さん、大萬満子だった柘榴さんだった。
俺は柘榴さんの傍に進んだ。
「か・・・(かあさんと言おうとしてしまった。柘榴さんは19歳のぽちゃぽちゃの歯並び綺麗な可愛いコちゃんなのに・・・)柘榴・・・さん。お、俺にも手伝わせて」
柘榴さんが俺をみた。
「めっそうもございません」

柘榴さんがぴしゃりと言った。
「やらせて。十季は、俺にも手当てさせて」
やっぱり、俺は十季が妹にしか思えない。ずっと一緒に育った妹だ。
かあさんは・・・柘榴さんが忍法老け化粧で化けていたから、かあさんから柘榴さんに人が変わったと思える。
でも十季は忍者になっても、あの十季のままなんだ。
今、目の前に横たわっているのは、俺を殿と守るくノ一ではなくて、妹の十季なんだと、俺は思う。そうとしか思えなくなって来た。
俺は柘榴さんに手を差し出した。その薬、下さいという意味で。
柘榴さんは、少しためらっていたが、俺に薬を渡してくれた。
その薬を俺は指につけて、十季の鴇色の装束をめくり、傷に塗り込んだ。十季の体は少し冷たい気はしたけど、まだ確かにぬくもりがあった。生きていると確信した。だけど、体のあちこちが傷だらけだった。深いものから浅いものまで。十季はおそらく全身傷に覆われているのだろう。
はらはらと涙がこみ上げて来た。
少しづつ装束をたくし上げる。
そして脇腹。
藍さんの刀が貫通した脇腹。
見るのが少し怖かったけど、でも、俺の命を守るために十季が負った傷だ。
はっ・・・。
だいぶ傷が消えていた。
凄い。
この忍者の秘薬・・・。
俺は手にした秘薬の薬瓶を見た。
『オロナイン軟膏』
と、書かれていた。

 

2


「たいていの傷はオロナイン軟膏で治ります。それゆえ忍者は常備しているのです。あの武甲衆の刀を受けたあと、十季はすぐにオロナインを塗り傷を治療したのです」
と、柘榴さんが真顔で説明をしてくれた。
ホントかっ!
良い子と良いお医者さんは真似しないで・・・。

ともあれ。
俺は三峰衆に伝わる忍者秘薬、オロナイン軟膏を十季の体に塗っていた。
十季。
傷だらけのその顔のあちこちにも、そっと、そっと痛まないように塗っていた。
十季。
目を覚ましてくれよ。
十季・・・。
十季が、妹じゃなくて、俺の命を守る忍者だったなんて・・・。
まったくそんなコト、微塵も思わず昨日までやって来たのに。
十季。
十季の産まれた日のこと、俺は覚えているぜ。おぼろげだけど。
とうさんと病院に行って、ガラス越しに十季を見た。とうさんが嬉しそうな顔をして、ベッドに横たわっていたかあさんの手を取った。
ん?
あれ?
急に疑問が。
とうさんは、実は三峰衆の下働きの作造さんだったので、まあわかるが、そのかあさんは・・・忍法老け化粧を使った19才の柘榴さんだったわけで・・・。となると、その当時のかあさんは柘榴さん5才ってコトになるんだけど。いくらなんでも忍法老け化粧で5才の女の子がかあさんになれないよね。
え?それとも忍者ってそこまで出来ちゃうの?
と、柘榴さんを見ると・・・。
あれ?
いない。
あれ? 柘榴だけじゃなくて・・・山吹さんもいない。それどころか・・・今までそこに伏せていた、瀕死だったはずの群青さんもいない。
え?
俺は部屋を見渡した。
十季の部屋に、十季とふたりきり。
・・・。
どうやら、俺を十季とふたりだけにしてくれた・・・ようなんだけど・・・それにしても群青さんまで・・・。大丈夫なのか?
群青さんの寝ていた辺りにもオロナイン軟膏の瓶が置いてあった。え? 治ったの・・・?
忍者って・・・いろいろすごい。

俺はもう一度、十季を見た。
心なしか、十季の傷が少なくなっているような?
オロナイン効果ばつぐん・・・?
十季・・・。
俺は、妹、十季とのこれまでに思いを馳せた。
十季は昨日、こう言った。
「生まれた時から・・・正確に申せば、生まれる前から決まっておりました。わたくしの役目は、生まれたら太吾さまの妹として生きることにございました。少吾さまの暗殺指令が出たその時には、警護のくノ一であることを明かし、身命を賭してお守りせよとの命を受けておりました」
生まれてすぐに・・・?
俺の妹になって・・・?
俺の警護をしてた・・・?
十季は俺の妹じゃない・・・。
昨日浮かんだ「はてな?」がもう一度蘇ってきた。
十季は・・・俺を警備するくノ一。
十季が産まれて、それから俺は作造さんのとうさんと柘榴さんのかあさんと、十季と、4人家族で、ごくごく普通に生活をして来た。
十季とは仲は良かったけど普通に兄弟喧嘩もした。
テレビのチャンネル争いもしたし、おかずが多いとか少ないとかも。
十季は俺と同じ、地元の大萬幼稚園に通ったし、小学校も同じ大萬小学校、そして大萬中学・・・。
朝、学校を出て、帰れば十季はもう帰っている。一緒に晩御飯も食べていた。
産まれてから昨日まで、ずっと普通に一緒にいたはずなのに・・・十季はいつ忍者の訓練をしたのだろう。
あの剣さばき。
藍さん・・・のにせものの武甲衆の忍者と戦った時のあの身の裁き、戦いっぷり。
オリンピックの選手でもあれほどのスピードで動けるだろうかと思うほどだった。相当な訓練をしているはずだ。
でも、いつ?
一体いつ忍者の修行を?
いつ?
そう、問いかけるつもりで俺は十季の顔を見ていた。
十季は、今だに目を覚ます気配がなかった。
俺は十季の腕の傷にオロ・・・秘薬を塗っていた。
想像した。
十季が秩父の山奥で・・・俺は行ったコトはないけど、三峰山の山奥で、俺たちとの生活を普通に送りながら、手裏剣や刀の修行・・・野を走ったり、森を走ったり、大木を縦に駆け上がったり・・・そんな激しい修行をしながら、気配は微塵もアニキの俺には見せずに、ノー天気な妹として俺の横にいつもいた・・・のか。修行を終えて帰って来て、何食わぬ顔をして、俺とチャンネル争いをしていた・・・おかず取り合いしていた・・・のか。
俺を守るために・・・俺なんかのために・・・。
俺は、十季がはげしく愛おしくなっていた。
目を覚ませよ、十季。
覚ましてくれ。
「やだよおにいちゃん、やめてよねそういうの」
「わたし、おにいちゃんにはなんにも期待してないから」
「トイレ出たら電気は必ず消してよね」
これまで十季と過ごして来た時間が蘇る。普通に、ごく自然に憎まれ口をたたく生意気な妹。
そんな十季が生まれた時から俺の命を守るためにだけ生きてきた忍者だったなんて・・・。
ありえねえよ。
ありえない。
どう考えても、ありえない。

あ、そうだ。
十季。
お前・・・。

「私、応募したけど」

昨日の十季の、朝ご飯の時の言葉を思い出した。

「一次予選も通過して来月決勝でNHK行く」

そうだ、十季はEテレの声優スタジアムという番組に応募してたんじゃないか。
まさか十季が、声優に憧れてたなんてと、びっくりはしたけど・・・いや、忍者だった方がその何万倍もびっくりだけど・・・アレは、本当だったのかな?
十季の夢が声優だったこと。
少吾ってやつの暗殺命令が出なかったとしたら、十季はその決勝戦に行ったのかな?
いつ暗殺命令が出て、いつくノ一に戻らなくちゃいけない状態にあった十季に、本当にそんな夢があったのかな?
十季・・・来月の決勝戦は・・・どうするの?
十季は目を閉じたままだったけど、わずかに口が開いた。

「もう・・・」

十季がしゃべった。

「それは・・・」

ささやくように十季が言った。
「十季っ」
生きてた。
十季が生きてる。

「いいのです・・・」

いいのです・・・と、十季が言った。
目はつむったまま。
そう小さな声で言った。

唇もほとんど動かさないままだった。
それきり・・・。
また十季の口は閉ざされた。
眠っているようだった。
その表情には、なにも浮かんでいなかった。
夢を、あきらめてつらいのか、くやしいのか、残念なのか・・・それとも・・・最初からそんな夢など持っていなかったのか・・・それは、ただ、俺の妹を演じている上でのキャラ作りだったのか・・・。
俺には、まったくわからなかった。
いいのです・・・と、十季は言った。
そう言った。
いいのです・・・と、言った。
その言葉は、やっぱりなりたかったんじゃないの? 十季。声優に。
俺は心の中で、十季に話しかけた。
十季の表情は動かなかった。
俺の心は読んでるはずなのに。
十季の表情は、動かないままだった。

 

3

 

「これを」
わ、びっくりした。
いつの間にか隣に柘榴さんがいて、水の入ったコップと錠剤を3粒差し出したていた。
「飲ませて、休ませれば、程なく回復したしますでしょう」
この錠剤を十季に・・・。
十季は今、言葉を発しはしたが、いまだ目を開けていなかった。
また深い眠りの中に戻ったようだった。
柘榴さんが錠剤とコップを俺に差し出した。
「飲ませますか?」
「え」
戸惑う俺。
十季を見る。
寝てる。
え、どうやって?
飲ませるの?
やや、うろたえていると、柘榴さんがほんのりと口角をあげた。
そして、錠剤と水を自分の口に含む仕草をし、人差し指で俺の口を差した後に、移動させて十季の口を差した。
えっ、つ、つまり・・・、俺に口移しで飲ませろってっ!?
いやいやいやいやむりむりむりむり。十季は妹じゃないしっ。いや、妹だってだめだめだめだめ。
と、慌てて俺は手を振ってノーグッドを表明。か、顔が火照ってしまってるのがわかる。
柘榴さんは、ふふ・・・と、ふたたび口角をあげ、すいと錠剤を自分の口に含みさらに少量の水を含んだ。寝ている十季の上半身をすくい上げると素早く十季の口にその口をつけた。
俺はそのまましばらく柘榴さんと十季の口づけを見ることになった。
柘榴さんは錠剤を自分の口から十季の口に移しているのだった。
やがて十季の喉が小さく二回ほど動いた。錠剤を飲み込んだのだ。
柘榴さんは口移しで、眠っている十季に薬を飲ませたのだ。
飲ませたのだ・・・。
飲ませ・・・。
あれ?
もう錠剤は十季の喉を通ったと思うけど・・・柘榴さんは十季から離れなかった。
その口づけは・・・しばらく続いたのだった。
・・・だった・・・。
だ・・・
やがて、ゆっくりと柘榴さんの唇がは十季の唇から離れた。離れながら、柘榴さんは虚ろな目で、十季をまんじりと見下ろした。
「愛しい子・・・」
ん?
柘榴さんがなにか呟いた気がした・・・けど・・・。なに?
なんか、言ったよ・・・。
俺は、なんとなくハゲしく照れた。
め、目線がおよ、およ、泳いだ。
泳いで、落とした俺の目線の先に、その錠剤の入った薬瓶が置いてあった。
そのラベルには、確かに『パンシロン』と書かれていた。

 

4


十季を寝かせたまま、夕食になった。
食卓に、元かあさんの柘榴さんとふたりきりだった。
米のご飯と焼き魚、海苔、ひじき・・・まてよ、今朝のメニューと同じじゃね?
「あの、柘榴さん」

俺はちびちびと食べながら聞いた。
「はい?」
「山吹さんと群馬先生・・・群青さんは?」
柘榴さんはまた口角を上げ、わずかに目を後ろの柱に、そして天井にと移した。
いるのか。柱の影と天井裏にふたりが。
一緒に食べればいいのに・・・。なんかいろいろ決まりごとなんかがあるのかな、忍者には。それと、群青さんは怪我は大丈夫なのかな。
「太吾さま、湯殿のしたく、整ってございます」
「あ、は、はい・・・」
湯殿。
そうなんだよね、なんか緊張するんだよ。

0.75坪タイプの我が家の風呂・・・。


湯船に浸かる。
はあ〜とひと息・・・。
今日もまた衝撃の一日だった・・・。
と、静かにあれこれ回想しようとした時に、カタン、扉があいた。
「失礼いたします」
あ、はは、やっぱり来るんすね?
案の定、柘榴さんが素っ裸で入って来た。
俺はもう見ないよ。いちいち驚かないよ。これからはこれが日常になるんですね。りょーかいです。
ちゃぽん、と、柘榴さんは湯船に入って来た。
「よろしくお願いします」と、言おうかなと思いつつ、それも変だなと、黙ってた。
ちゃぽ。
湯船に柘榴さんとふたり。
柘榴さんは・・・可愛いらしい。
でも、まじまじ見るのも気が引けるので、俺はうつむいていた。
柘榴さんも特に何か話そうともしない。
黙ったまま、ふたりで湯船に浸かっていた。
この後は〜、どうしたらいいんだろうな俺・・・。
今日の出来事だって、なんだかここで楽しく話すコトでもない。
衝撃ではあったけど、なんだか触れたくなかった。
ふと、俺はこの先、どうなるのかな、どうするのかな…なんてことがよぎった時、がたーん、と、乱暴にまた風呂の扉が空いた。
ぎょっとして見ると、山吹さんが入って来た。
「風呂は裸であるべし」という三峰衆の掟通り、全裸で。
それでもしずしずとしなやかに入ってきた柘榴さんと違い、扉をけっこう乱暴にしめると、何も隠そうという意思もなさそうに堂々と振り返り、ずがずがと大胆にこっちへ近づいて来た。がばっと足を湯に突っ込み割り込むようにざばと湯船に入った。
や、山吹さんて、見た目はきりりと細いがなんかいろいろガサツだ。凶暴というか・・・今日の戦い方もそうだったけど、男のようだ。
山吹さんが湯船に沈むと顔はすぐ俺の前にあった。
ぎっという感じで山吹さんが俺を見た。睨むように見た。まるで俺のことが気に入らないかのような目で。
なんか俺はおとおどした。
「失礼いたします」
と、山吹さんが切れのいい高めの声で言い、頭をきりっと下げた。
入ってから?
そして山吹さんは鋭い目で湯殿の隅々をきりりと見渡した。
カタ・・・。
今度は控えめな音で、また風呂の扉があいた。
えっ? まさか・・・。
すたん。
まず手が見えた。き、傷だらけの手が床に突き、もう片方の手が扉をスルリとずらし、さらに開けた。
そして、全裸の群馬先生、じゃない、群青さんが這うようにして入って来た。
「し・・・つれい、いたし・・・ます・・・」
押し殺すようなしゃがれた群青さんの声。こ、怖いんですけどっ!
顔は項垂れたまま表情を見せないかたちで這って来る。
さ、貞子っ。怖いよっ!
そして、す、すいません、全裸のおかげで全身の生々しい傷が露わで・・・すいません、結構血だらけなんだけど・・・すいません、そして、すいません、ちゃぽんと湯船に手を、腕を入れて、すいません、あの、そのまま、あの、すいません、頭から入って来ないで下さい、先生っ! わっ、入っちゃったよっ! あ、足だけ外に出て、スケキヨっ! 今度はスケキヨっ! わ、ちょっと、湯船の中で体を反転させて、ざばーっと顔が出たーっ! わっ、ちょっと、長い髪の毛が傷だらけの顔にへばりついて、わっ、わわっ、お岩ーーーーーーーっ! そしてやっぱり・・・乳のボリュームは・・・ないんすね・・・すいませーーーーん!

湯船に俺とくノ一3人、計4人がぎっしりと浸かっていた。
変だ・・・。
やっぱり変だこの警護の形・・・。
俺のコレからは、これなのか・・・。
コレなのか?
などとまとまらないアタマであった。そして、そのまとまらない感、落ち着かない感の原因が、ふとわかった気がした。
十季。
十季がいない。
十季だけが、・・・そう、十季だけがここにいないのだ・・・。

いても、もう入らないけど・・・。

 

5


朝が来た。
新しい朝が。
たったふつかしか経っていないのに、もう最初の衝撃の出来事が何ヶ月も前のことのように思える。
(これは作者がこの何ヶ月もこの読み物を書かなかったからという個人的な感想もあるが・・・)
目が覚めてゆるりと起き上がると、そこに十季がいた。
正座をして控えめに顔を伏せ気味にしていた。
「十季っ」
思わず嬉しくなって声が出た。
十季がいた。十季が。
俺の声に十季は静かに頭を下げ、そして顔をあげた。
その顔には傷は見えなかった。
「もう・・・いいの?」
俺、声が弾んでる。だって嬉しい。
「はい」
十季が静かに控えめに答えた。
早いけど、早すぎるけど治るの。オロナインとパンシロンすごいっ!
でも良かったよ。ホントに。
「ありがとうございました。その・・・太吾さまが私の傷の手当てをなさってくださったと・・・聞きました」
「うん、うん、した」
そして、治ったんだ。俺が手当てをしたから、十季は治ったんだ。それが嬉しかった。
「もったいのうございます」
今度は深々と頭を下げた。
「いいよ、いいんだよ。したかったんだよ、俺が、お前の・・・」
お前の・・・と言ってみて少し照れた。何故か・・・照れた。
「お前の、手当てを・・・」
俺がしたかったんだ。
十季が顔を上げ、俺を見た。
俺を・・・。
あ、十季・・・。
忍者になってから・・・戻ってから? ・・・の十季は、ほとんど表情を出さなかった。出さない様にしている様だった。多分、それがくノ一のスタンダードなんだろうと思う。柘榴さんも他のみんなもそうだった。常に表情を殺していた。
でも・・・でも、今は、違うように、俺には思えた。
十季は、わずかだけど、俺に、はにかむように、照れたように微笑んでいた。ホントにわずかだけど、俺にはそう見えた。それは、多分、俺に対しての感謝の気持ちを見せてくれたんだと思う。
俺と十季はひととき、お互いに照れた感じで見合った。
その時。
ピンポーン。
と、チャイムが鳴った。
え?
俺も、そして十季もハッとした。
誰か訪ねて来た?
え?
誰が?

俺と十季が階下に降りて行くと柘榴さんと一緒になった。
俺たちは思わず顔を見合わせた。
皆、同じ思いだった。
一体、誰が家のチャイムを鳴らしたのだろうという思い。

玄関に来てインターフォンのモニターを見た。
誰も映っていなかった。
うえ。
ますます警戒しなくてはいけなかった。
十季が自然に俺の前に出た。柘榴さんがそっと玄関ドアの外の様子を伺った。外に、人の気配を感じた様だった。ふたりが音もなく短い忍者刀を抜いて逆手に構えた。ど、どっから出したの? 俺はそっちにもびっくりしながら、この警戒態勢にもびびった。いつまにか俺の両サイドにも群青さんと山吹さんが手裏剣を構えて俺をガードしてた。
ひいっ。
俺は体を固くした。
また、なんか始まるのか・・・!
柘榴さんが、わずかに目を配らせ、俺へのガード態勢を確認してから、ゆっくりとドアノブに手を掛けた。
ぐ・・・。
俺はツバを飲み込んだ。
新たな刺客・・・なのか・・・。
刺客がピンポン鳴らすか?
モニターに誰も映ってないのは、配達とか勧誘ではない・・・。
まさか・・・まさか・・・。
ピンポンダッシュっ!
・・・なんて、ピンポンダッシュをそんなもったいつけて言うコトない・・・。
柘榴さんがドアを一気に開け、同時に刀を逆手に持って構え、俺の前に後ろ飛びに来て警戒した。
ドアが開いた。
そこには・・・。
あっ!
そこにいたのは・・・。

藍さんっ!

 

6


くノ一たちが、さっと音もなく戦闘態勢の気をつめた。俺もそのくノ一たちの気を感じて、緊張した。

そこには藍さんがいた。

藍さんが・・・。

だが、この藍さんは、そうだ、藍さんではないのだ。敵なのだ。敵の刺客なのだ、だったのだ。昼間に俺を殺そうとして、くノ一たちと死闘を繰り広げた、敵なのだ。
もしかしたら敵・・・藍さんが、このままいきなり俺に襲い掛かって来るのかも知れない・・・俺もくノ一たちもそう思ったからこそ緊張が走ったのだ。

だが・・・だが、目の前の藍さんは、まるでそんな気配がなく・・・つまり、殺気の一つも感じない、可愛らしくうつむいたまま、無防備に立っていた。

可愛い・・・。
「貴様っ」
とこっちも可愛らしい柘榴さんが鬼の様な形相で言った。俺はドキッとしてしまった。まるで俺が怒られたかと思ってしまった。敵を可愛いなんて思ってしまったから、きっと・・・。しかし柘榴さんの言葉は藍さんに向けられていた。
「何をしに来た。二度と顔を見せるなと言うたっ」
厳しいその声に、ひれ伏したままの藍さんが・・・いや、藍さんに化けた秩父忍ビ武甲衆の名も知らぬ男忍者がさらに縮こまる様に恐縮した。
「お許し下さい。お許し下さいませ」
と、藍さんが・・・じゃなくて、藍さんのニセモノが、声は本当に藍さんのままで、か細く震えるように言った。
俺の前にいる十季が、右手に忍び刀を構えたまますっと下がり、俺の体に左の腕をわずかに密着させた。いざの時には俺を庇うつもりなのか、引っ張って逃げるつもりなのか、はたまた突き飛ばすつもりなのか、いずれにしても、十季の体から緊迫の気が伝わって来た。
「太吾さま」
と、ひれ伏したまま藍さんが言った。
やっぱり俺は藍さんがそこにいる気になってしまう。
まるで泣き出しそうな声で藍さんは続けた。
「私は、秩父忍ビ武甲衆・・・、黄土と申します」
黄土!
黄土?
おうど・・・。
そんな名前?
そんな汚い名前?
「この命を、・・・、どうか、太吾さまのために使わせて下さい」
え?
汚い名前の黄土・・・いや、やっぱり藍さん、藍さんが顔を上げた。
俺をまっすぐに見ていた。
泣きそうな顔をしていた。
泣きそうな顔で、ホントに、絶対ホントに本気で藍さんはこう言った。
「太吾さまのお側に、私を置いて下さい。私にも太吾さまの警護をさせて下さい」
藍さんがそう言ったんだ。
うん。
藍さんっ!
そうだよ。藍さんはやっぱり悪い人じゃないっ。
すっごいけなげです。
愛らしい。
可愛い。
いじらしい。
「きっと、きっとお役に立ちます。どうか、どうか私を太吾さまの警護役にお加え下さい。一度なくしたも同然の命を、太吾さまのお情けによって生きながらえました。ですが、このまま武甲衆に戻ることも出来ません。なれば、太吾さまに生かされた命を太吾さまのために使いたいっ」
藍さんが再び額を地面に押し付けるように頭を下げた。
「お願いでございます」
そのまっすぐで懸命な姿を見ていて、俺はふいに涙が溢れた。
藍さんが、そこまで言ってくれるなんて。
感動で体が震えた。
と、俺の体に触れていた十季がぴくりと動き、わずかに俺を振り返った。
「ふざけるなっ!」
どきっ!
びっくりしたっ!
そう叫んだのは、十季ではなく、あの、きりり凶暴美女の山吹さんだった。
山吹さんは俺の左後方で棒手裏剣を構えていたが、つかつかと歩み出て玄関を降り、ひれ伏していた藍さんの胸ぐらをむんずと乱暴に掴んで引きずり上げた。自分の目の前まで吊し上げると持っていた棒手裏剣の先を藍さんの喉に突き立てた。
「そんなことが信じられるかっ」
と吐き出すように言って藍さんを睨んだまま、これは仲間のくノ一たちに? 頭(かしら)の柘榴さんに? いや、殿の俺に?
「やはりこやつ殺しましょう」
と、言った。
や、山吹さん、やっぱり凶暴・・・。
俺はぶるった。ぶるったけど、反射的に言っていた。
「待ってっ」
その声にまた十季の指先が反応した。いや、今度は十季だけではなく、柘榴さん、群青さん、特に山吹さんも大きく反応して俺を睨むように見た。
に、睨んでる?
でも言う。俺は言う。
「ダメ、ダメだよ、それはダメ、やめて」
弱々しく言う・・・。びびってるよ俺・・・。しかも少し内股だよ・・・。
「殿、こやつの魂胆など見え透いております。昨日まで殿の命を狙っていた忍者が、このようにカンタンに寝返るなどと言うことはあり得ない。殺しましょう」
山吹さんは凶暴な流し目を俺にも投げつけながらそうきりりと言った。
ものすごく怖かった。
「お願い・・・やめて・・・そんな・・・ころ・・・ころ・・・す、なんて・・・」
声、かすれてました。俺はまるで俺が殺されるような気分の中で、やっとそれだけを山吹さんに言った。
俺のその言葉に、山吹さんはしばし俺を睨みつけている感じだったが、ちっと目線を外した。
怖いよ・・・。
そして、黙って藍さんの胸ぐらを掴み上げたまま、藍さんを睨んでいた。
が、やがて、後ろ姿を一瞬ぷるぷると震わせ、ばっと藍さんを放り出した。
「あ・・・」
藍さんが玄関先に転がり、か弱い声が漏れた。反射的に俺は、十季と柘榴さんの横をすり抜けて、山吹さんをもすり抜けて藍さんに駆け寄っていた。
「藍さん」
藍さんの前で俺は膝をついた。藍さんをすぐに抱いて起こして上げたかったが・・・、でも、それでもこの人は敵・・・なんだよな・・・という事実を思い出し、手を差し伸べる途中の格好であやふやに藍さんを見下ろしていた。
山吹さんが「ザッ」とわざとらしい音を立てて踵を戻し家の中に引っ込んだ。
怖いよ。
「当然です、私、刺客だったのだから・・・こんなことをお願い出来る立場ではないことなど、充分にわかっていたんです。でも・・・」
藍さんは、そう言って顔を上げて俺の目をまっすぐに見た。
目が潤んでいた。
「でも、私、殺されたっておかしくないのに、殿が、太吾さまが、お許し下さった・・・。それが、嬉しくて、嬉しくて・・・。そんな優しい言葉、生まれて初めて聞いたのだもの・・・」
そう言って、藍さんは、大粒の涙をぼろぼろとこぼした。
あ、藍さん・・・。
か、可愛かった・・・。健気だった。
この忍者は、藍さんじゃないけど、俺にはまるで藍さんがそこにいるように思えた。
俺の目からも涙が溢れ出た。
この忍者は、過酷な使命と厳しい戒律の中で感情というものを押さえつけられて今日まで生きてきたのであろう。
それを、俺の、当たり前といったらホントに当たり前のひとの心というものに触れて、初めて人間らしい心を取り戻したのかもしれない。
忍者がこんなに感情を表して人の前で泣くなんて、きっとあり得ないことなんだ。そこまでこの人は気持ちを溶かしたのだ。
それを思うと、俺まで泣けてきたのだ。
俺は言わずにいられなかった。
背後にいる四人のくノ一に。
「あ、あの・・・、みんなが良かったら・・・彼女・・・彼・・・あ、藍さんを仲間に・・・」
俺は涙をこぼしながらくノ一たちを振り向いた。

あ。

ずーーーーーーーーーーん。
う・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
な、なんか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そんな空気じゃなかった・・・・・・・・・・。
くノ一たちの目が・・・不気味に死んでいた。
言えない。これ以上。い、い、言えない。言える雰囲気じゃない。
山吹さんが、全くの無表情で近くの壁をドンと蹴った。
こ・・・。
十季が・・・黙ったまま・・・ぷいとそっぽを向いた。
こ・・・。
ざ、柘榴さんも、ぐ、群青さんも・・・まったく表情を消して俺から目線を外していた。
いや、け、消した以上の何かがある。むしろ表情がある。マイナスものすごい語ってる表情がある。
こ・・・怖っ。怖い〜。
藍さんが、ゆっくりと立ち上がった。
「当然のことです」
「あ・・・藍さん」
「黄土です」
あ・・・。そうだった・・・ね・・・。
「受け入れてもらえないのは当然のことです。当たり前の、ことです」
そう言って藍さん・・・黄土・・・いや、やっぱり藍さんは、顔を伏せたまま、後ずさった。
後ずさりながら・・・言った。
「でも・・・私・・・、こう申し出るしかなくて・・・。これは私の心からの申し入れでした・・・。太吾さま、黄土は・・・」
黄土さん・・・くん・・・が、俺をまっすぐ見た。いや、藍さんが。
「黄土は、心から、太吾さまをお慕い申し上げます。この空の下で、命ある限り、太吾さまを思って生きます」
え?
黄土・・・くんは・・・そう言ってくるりと背を向け走り去った。
本来は、たたたたたと足音が去っていくのだろうが、さすが忍者だけあって、足跡が立たなかった・・・。
あ、藍さんっ。
外は白い朝モヤが立ち込めていた。
やがて・・・、藍さんの黄土の藍さんの後ろ姿は、その大萬市大成町の路地の、しんとした朝モヤに溶けて、見えなくなってしまった。
俺は・・・また藍さんを失ったような感覚になった。
もう、コレで、ホントに最後なのだろうか・・・。
偽物だとしても・・・、藍さんの姿を見られることは・・・、もうないのだろうか。
しばしの間、藍さんの見えなくなった白いモヤを俺は見つめていた。
俺には、今の藍さんの言葉が、どうしても嘘であるような気がしなかった。
しかし・・・。
二度と現れない藍さんの姿、二度と戻らない藍さんの姿を、それでもいつまでも見ていたかったのだが・・・、俺はすべての力が抜けたようであった。
そこに立っているのもしんどいくらいに・・・。
やがて俺はくるりとカラダを戻した。
くノ一たちが・・・・・・。

い、いなかった。
ひとりも・・・。

ええーっ?

 

7

 

一日が無為に過ぎた。俺はなんにもせず、自分の家で経った一人で過ごした。いや、くノ一たちはいたようだ。昼飯は時間になると食卓に並んでいた。トーストとふりかけご飯とナポリタンとうどんが少量づつ、そしてひじきという献立であったが・・・。俺はそれを残さずに一人で食べた。どこからか、くノ一は俺を見ているのだろうか。

そしてそのまま夜になった。

風呂の時間になった。

無言でお湯が張られていた・・・。

えっと・・・。

俺は、とりあえず、いつものように服を脱ぎ捨て入る。湯船に浸かる。

えっと・・・。

しばらく、長い時間、静寂のまま、かたりとも音がしないまま、俺は湯船に浸かっていた。

えっと・・・。
今日は・・・誰も・・・お風呂にも来てくれない・・・のね・・・。
アウェイだ、殿、アウェイだ・・・。

0.75坪の湯船って・・・広いんだなあ〜・・・。

 

8

 

ちゃっぽーん・・・と、湯船で手を伸ばし、足を伸ばすと音が響いた。
俺は・・・、なおも、ひとりで風呂に入っている。
いや、普通の家庭の0.75坪の風呂なんだからひとりで入るのは当たり前なんだが・・・。
なんだが・・・。
ひとりなのだ・・・。
これは・・・。
通常なら当たり前のところ、このひとり風呂はかなり今の俺には打撃です。
怒ってる。
怒ってるんだよ、くノ一たち・・・。
多分。
間違いない。
え?
でもなんで怒るわけ?
俺、しかも殿じゃないの?
殿って、もっと、こう、恭しく、大事にされるんじゃないの?
現に俺がその殿とやらになった時から、あいつら気持ちの悪いほど俺を殿扱いして、こそばゆいほどあげ奉って、俺の為に命までかけてくれてたのに・・・。
なんで、こんなことでこんなアウェイ感を味合わなくちゃいけないの俺。
ふんだっ!
お、俺が、ち、小さくなるコトないよねっ!
ねっ!
ねっ・・・って・・・だ、誰に言ってんのかな、俺・・・。
誰に・・・。
誰?
ん?
誰かいるよアタマの中に。
十季?
あ・・・。
あれ。
なんで・・・?
なんで今、俺のアタマの中には十季の顔が浮かぶの?
十季の・・・あの目線をそらした瞬間の顔が・・・。
無表情な顔をすっとそらしたあの時の顔が。あの動きが。俺の脳裏でリピートするの? リピートするの? リピートするの?
いやあ〜〜〜〜っ!
と、十季しか出て来ない。
十季しか出て来ない。
なんで?
なんで?
と・・・十季が・・・十季が俺に冷たいコトだけが、今、俺の気になるコトなのか?
そうなのか?
い、いいんだよ粕太郎、いいんじゃないの?
もっと他のくノ一のことを気にしてもいいんじゃないの粕太郎?
せめて十季以外の・・・。
そそ、群青さんとか・・・(一応、今のところ一番当たりがゆるい群青さんを代表とさせていただきます)
ぎゃーっ!
と、思った瞬間、俺の脳裏から十季が消えて、柘榴、山吹、群青さんが一揃いで浮かんで来たよ。
同時に十季が消えた。
三人が一様に能面のような顔をしてる。そして目をそらせ、あ、山吹さんだけがはっきり俺を上から睨んでる。
ぎえー。
怖っ。
さらに睨みを効かせたまま山吹さんが、がんっと壁みたいなものを蹴った音が聞こえた。
怖いよっ!
がっ!
また蹴ったっ!
がっ!
また蹴ったっ!
がっがっがっ!
三連発来たっ!
ひぃ〜、やっぱり十季にしてっ!
十季がいい〜。
十季の方がなんぼか可愛いよお〜〜〜〜。
あの、ぷいとすねて目線を外した十季の顔が、可愛いよお〜〜〜っ。
え?
違う。
そういうコトじゃなくて・・・。
そういうコトじゃなくて俺は十季の顔が見たかったの。
いや、見たかったわけじゃなくて・・・。
あれ? あれ?
あれあれあれ?
ちゃぽーん。
がぼっ!
っと、お湯の中に俺が少し沈み込んだ。
口元までお湯に浸かって、はっとなった。
びっくりした。
は・・・。
は?
は・・・。
はっと、俺は目を覚ました様になった。
風呂に・・・やっぱり、風呂に、俺ひとりだった・・・。
ひとりで・・・。
ひとりで、なに想像に悶えてるんだよ俺・・・。
ぽーん。
ぽーん。
ぽーーーーーん・・・。
と、湯船の音の余韻が消えて・・・また、静かなひとり風呂になった。
くノ一たちのイメージは消えた。
俺は、口元まで湯船に沈み込んでいた。
現実にもどった。
ひとりの現実に・・・。
静かだ・・・。
風呂には窓がある。0.75坪タイプの風呂だけど、出窓が付いているために少し広く感じるようになってる風呂なのだ。窓はすりガラスだけど、月の灯りに外の小さな植木のシルエットが浮かび上がって・・・あれ? 浮かびあがっていなかった・・・。
いつも映る庭のソヨゴの木の影が見えない・・・ってか、窓の外に何か別のシルエットが覆っている?
そんないつもと違う窓外の景色を感じたその瞬間だった。
がしゃーん!

突如、窓のガラスを割って巨大な何かが襲って来た。
「げっ!」
その巨大なモノは湯船にいる俺の体に容赦なく襲いかかった。
「がっ!」
まともな声を出す間もなく、俺はその巨大なモノに掴まれ・・・そう、まるで掴まれ、体の自由を奪われ、窓外へと引き摺り出された。
がーーっ、な、なに?
なにが起こったのがーーわわっ?
わからねえ〜っ!
ただ、俺の体は、宙にいた。
外の宙にっ!

 

9

 

ぽつんとひとり風呂をしていた俺は、突如窓外から襲い来た何かに体を掴まれて外に引っ張り出された。
俺の体は、宙にいた。
外の宙にっ!
素っ裸のままっ!
ひえ〜!
俺はパニックになりつつも俺をつかんでいるでっかい物体を見た。
ん?

え?

ええ〜?

ロボット?
それは、確かにロボットであった。
木と、ブリキらしいもので作られた二足歩行の、マッチョな、頭部の小さい、眼光が電気で光っている・・・ロボットだっ!
さらによく見ると、左の肩に「武」の文字、右の肩に「甲」の文字が浮かんでた。
武甲衆!
し、刺客だっ!
そしてさらにさらによく見ると、うわっ手が無数にっ!ひいふうみいの、ななつあるっ!
(くのいちせぶん対応かっ!)
その手のウチのひとつはがっつりと俺の体を腕ごと握り占めているので。俺の体はアタマと腰から下が無防備になってる。
さらにロボのふたつの手がぐもーっと迫って来たかと思うと、俺の露わになっている両の足首をそれぞれむんずと掴んだかと思うと、一気に左右に引っ張りやがった。
「んぎゃーっ!」
つまり俺の股がぁーっ!
おれのまたがぁーっ!
さ、さ、さ、避ーーーーけーーーーるーーーーっ!
イデデデデデデデっ!

「く、くのいちーっ!助けろぉーーーーーーっ!」

と、叫ぶ粕太郎。くノ一たちは何をしている? 一向に出てくる気配がないよ。
絶対絶命の粕太郎の運命も多少気にもなるが、我々はここで少し寄り道をしなければならない。(何故?)

 

10 若葉編


粕太郎の股間が大ピンチになる少し前、粕太郎たちがいる大萬市から10里離れた萬粕城の天井裏で、三峰衆七くノ一のひとり若葉は、やや途方に暮れていた。
若葉の主な役割は戦闘よりも情報収集と通信係りであった。
萬粕城の天井裏に忍んで、一体どのくらいの月日を送って来たか。
5年・・・?
いや10年であろうか?
萬粕城に少吾が誕生したその瞬間に3才の若葉は少吾の監視の命を受けた。それから14年の間、若葉はこの天井裏に忍び、少吾とその周囲の動向を監視していた。
あ、だから・・・14年であった。天井裏生活14年。
若葉、17才。
だがこの14年、特になにも起こらなかった。
若葉は三峰衆七くノ一の中では最も忍びの術に長けていた。
それは元からのものではなく、3才で天井裏に忍び、それこそ最初は里で鍛錬した息の使いや身ごなしを駆使していたが、次第にそれが無意識に出来る様になって行った。
良く、忍びが物音を立ててしまった時に鼠の鳴き声を模倣して誤魔化すシーンがテレビなどでもある。
あれもまたひとつの正式な遁法の一つであって獣遁か虫遁の術となろう。
だがそれは400年も500年も前の室町人間であれば誤魔化せもしよう。
だが今は文明の発達した平成の世である。21世紀なのである。その様な子供騙しが通用するとは思えない。
では若葉はどうしたのか?
若葉はそんないかにもな音真似ではなく、空気の音を出す術を身につけていたのだ。
天井裏という狭い空間に長きに潜んでいて、なにも聞こえない静寂と思われる環境でも必ず音があることを体得した。人間は静寂を心理的に無音と判断するのだが、決して無音などあり得ないのだ。
若葉は、どう動いても、体から無音という環境音以下しか出ないいう技を身につけたのであった。それはごく自然にであった。
今や、若葉の身を包む忍び衣装は十季や柘榴たちの様な機能的なスタンダードな忍び装束ではなく、ほぼメイドコスチュームであった。退屈な天井裏生活の中で次第に趣味が生まれ、若葉はコスプレを愛好する様になった。
いろいろやりくりを重ね、若葉の衣装は元々ある忍者装束にプラスされたドレッシーなふわふわとしたメイドスタイルなっていた。さらにそこに伊達眼帯をつけている。伊達政宗の眼帯である。
忍者装束メイドスタイルアレンジに眼帯。この発想は映画『下妻物語』の中のゴスロリな深田恭子と樹木希林の婆さんの眼帯を観た若葉の独自のミックスであった。若葉のお気に入りであった。
若葉は天井裏でテレビもBlu-rayも楽しんでいた。音は一切出さなかったが全て理解出来た。実写は唇も読める。アニメは三枚の開き口中口閉じ口しかないにもかかわらず前後の関連から大まかなストーリー、セリフネタまで読み取り、時には無音で聞いて涙することさえあった。
話は戻るが、その様なふわふわとした忍び衣装であっても一切忍んでいて音を出さないという技を身につけていた若葉であった。

さて・・・。

3年ほど前から寝たきりになっていた19代当主・萬粕机衛門(つくえもん・108)が少し前からいよいよ大往生を迎える雰囲気になって来た。
すると、それまで平凡で素直でおとなしいが明るかった少吾少年・・・んー、若葉的にはそんな呼び方はしたくないのだが、取り敢えず、少吾少年の気がそぞろとして来たのを感じたのであった。
それまでは監視と言っても多少ゆるめにしていた若葉であったが、この頃から監視を強化した。
ある日、少吾は武甲衆頭目・瀬目人(せめと)を呼んだ。
「太吾兄を・・・消せ」
ついに暗殺指令が少吾の口から出た。
若葉はすぐに報せの伝書鳩デバトンを飛ばした。
だが、同時に武甲衆からも伝令の黒鳩クロバトンが飛んだ。前を飛ぶデバトンを見つけたクロバトンは機転を利かせ、デバトンを襲ってしまったのだ。
デバトンのいち早い伝書が届かなかったために、柘榴や十季が動くのが遅くなった。そのため、殿である太吾は襲われ、それを守るために藍は爆死した。
そのことは萬粕城の天井裏にいる若葉には直には伝わらなかったが、デバトンが戻らないことでそれを察していたし、武甲衆の報告を天井裏で聞いて大萬市の状況も手の内にあった。
デバトンの存在を知った武甲衆は当然、萬粕城に忍ぶ曲者を仕留めようと躍起になって探したが、若葉の長けた遁走術によりまったく見つからなかった。実は若葉は何もしないでその場にうずくまっていただけなのだ。息も何もかも殺して。探し出そうとする相手の意気込みが大きいほどこの術は有効であった。
だが、それからの若葉は役立たずだった。
まずは死んだ藍の代わりに男忍者を送り込む作戦を聞いた時、すぐに伝えなければと思いつつ、伝える手段がなかった。
「あいつらケータイくらい持ってくんねえかな」
若葉は思った。若葉は割と最新のスマホを持っているのだが、他のくノ一が持っていなければ意味がない。
三峰衆はその辺の経費を出してくれない割と零細な忍び集団なのである。歯噛みをする若葉であった。
そして、その藍を装った武甲衆が七くノ一の手に掛かり失敗したと知った。
武甲衆はさらに次の手として、忍び暗殺型ロボット、武甲丸を送り込む作戦を立て、実行した。
若葉はまたすぐに知らせたかったが交代要員もいない監視係である。情報を知るだけで伝えられないなど、なんの忍びであろうか。
若葉は無音の地団駄を踏んだ。
と、その時、ふと技を思いついたのだ。
空気による伝達。
空伝の術だ。
若葉は無音でしゃべった。
心の中で言うのと違う。確かに言葉は発するのだ。だがそれが無音レベルなのだ。
「暗殺ロボット、武甲丸が向かった。心して向かい撃て」
この言葉が空気を伝わって10里先の大萬市にいる柘榴や十季の耳に届くはずである。

 

 

11

 

俺の股間が大ピンチに話は戻る。

「く、くのいちーっ!助けろぉーーーーーーっ!」

と、叫んだ俺の声は声になっていなかった。この武甲衆のロボットの手・・・らしきもの・・・アニメ的にいうと触手が俺の口元まで塞いでいたからだ。

実際の音は「もがんご、もこごもも〜」だけだった。

が、くノ一たちは出てきた。

さすがだっ! ・・・と、言いたいところだが、あれだけの物音がすれば当然俺の身になんか起きたっつコトくらいわかるだろう。くノ一じゃなくても。

まあいい。出てきた。

よし、くノ一たちよっ! この怪物をとっとと退治して俺を助けろっ!

助けろーっ

た、たすけ・・・って、おい・・・はあ〜?

出てきたくノ一たちを見て俺は、はあ〜?

十季はパジャマ姿。

柘榴さんはパック顔。

群青さんは歯ブラシくわえ、山吹さんはカーラー頭。

ををーいっ!

のん気かっ!

お前ら俺を守る気ゼロだろーっ!

なに普通に生活してんだっ!

それじゃ一般人だろうがーっ!

などと情けない気持ちになったその俺と来たら・・・ぎゃー、そうだ、そうなのだ。両の足を180度におっぴろげられていたのだーっ。

・・・ああ〜っ! 股間がっ! マイ股間があ〜! 丸出しだーっ! 俺、恥ずかしーっ! 情けないのは俺だったーっ!

と、くノ一たちは一様にその俺の股間に気がついたようであった。

ぎょっと俺のおっぴろがった股間に目をやり、口からそれぞれいろんなものを吹き出し、一斉にくるんと背中を向けた。

こらーっ!

なにはにかんでんだーっ!

毎夜素っ裸で風呂に入って来たヤツらがなにを今更照れてるんだぁーっ!

すると、

「ゆ、湯殿はにごり湯のバスクリンが入っておりますゆえ大丈夫なのです」

と、十季が俺の心を読んで答えた。

バスクリンの問題なのかーっ?

びきっ。

ぎょがえごおーーーーっ!

ロボットがさらに俺の両の足を引っ張ったーーーーーっ!

裂けるーっ!

裂け死ぬーっ!

くノ一ぃーーーーっ!

その苦しみの限界で俺はもが叫んだ。

「もごょーーーーーっ」

押さえられた口ながら最大音量の声が漏れた。

くノ一たちが、はっと我に帰って俺の方を向き直った。

早く、早くぅーーーーーっ!

くノ一たちは顔を付き合わせた。

「しまったっ」

と、柘榴さん。

「油断をしたっ」

と、山吹さん。

「殿がのっぴきならぬ事態になってしまった」

と、群青さん。

「殿のあまりの馬鹿行動に呆れているうちに、肝心の警護が手薄になっていたのだ」

と、山吹さん。

「いかに殿の振る舞いが馬鹿であろうとも、殿は殿」

と、群青さん。

「いかさま、我々はそれでも守らねばならぬ」

と、柘榴さん。

「反省じゃ」

と、山吹さん。

「うむ、反省じゃ」

と、群青さん。

反省なんかいいから早く助けろーっ!

あと馬鹿とか言ってたか今?

「助けねばっ」

と、柘榴さん。

「よし、助けよう」

と、群青さん。

「いやしかし待て、アレをなんとする」

と、山吹さん。

「アレか」

と、柘榴さん。

「殿のちんちんを見ながらなど助けようがない」

と、群青さん。

「アレは見られぬ」

と、山吹さん。

「見て楽しいものではない」

と、群青さん。

「特に見たくないモノナンバーワンである」

と、山吹さん。

「よし、わかった。ならば見ないで戦おう」

と、柘榴さん。

「うむ」

と、群青さん。

「承知っ!」

と、四人が言い・・・。

ざっ。

くノ一たちが一斉に一般人服を脱ぎ捨てた。

下から、鴇、柘榴、山吹、群青色の戦闘服が現れた。

うん、いかすぞっ! いろいろ引っかからないでもなかったが俺のくノ一たちよっ! 今こそ敵を粉砕しろっ!

ささっ!

くノ一たちはさらに一斉にそれぞれのイメージカラー鴇、柘榴、山吹、群青の色の細長い布を取り出し、真一文字に目に被せ、頭の後ろで結んだ。

そして、顔をしゃきーんと上げた。

しゃきーんじゃないよ、なにそれ、め、め、目隠し?

頭まで忍び戦闘装束で隠し、口元まで覆っているメンバーもいるという中で、さらに目隠し。もうほとんどの顔が隠れてるだろ。

「コレで殿のちんちんを見なくて済むぞ」

と、群青さん。

「うむ、妙案だ」

と、山吹さん。

妙案なのかっ!

そりゃ俺も見られまくるより見られない方がいいけど。

くノ一たちは目隠しをしてでも戦えるのかっ! そんな訓練もされているのか。そうかもしれない。わかった。来い。俺の股間を見ないで戦うのだくノ一っ!

真っ先に十季が忍者刀をすらりと抜き放ったかと思うと、突きの形で刺客ロボットに突進した。あ、いや違うっ! 十季が突進して来たのは俺の方だ。

十季、大丈夫か、見えているか?

だが、十季は迷いのない勢いでこちらに突進してくる。お、十季っ!

さらに正確にいうなら、お前が向かってるのは俺は俺でも俺の股間だぞーっ!

忍者刀の切っ先がまっしぐらに俺の股間めがけている。

おわー、このままでは大変なことになるっ! 十季の刀が俺の股間のものを見事に貫通させることになるぞっ! 今、この一番大事な局面に限って、俺の心の声がまったく聞こえてない風の十季だった。

「どあーっ!」

ただでさえ足首を掴まれておっぴろげされていて身動きも取れない中で、十季のこの容赦のない猛烈な攻撃から俺の股を守るため、俺は渾身の気合いで「のごっ」と股間のものをわずかに持ち上がらせた。わお、やればできるものであるっ! さらにっ! 俺は尻の穴に踏ん張りを利かせ5ミリほど上にケツを持ち上げた。

のわっ!

やればできるものである!

びゅっ!

十季の刀がすかさず食い込んで来た。

わずかにかわせた!

わずかにかわしたのだ俺。

いや、少し擦った。

ちっと、少し擦れた感覚が股間にあった。

刀は俺の股下ほぼ隙間なく水平垂直に突き進んだ。すれすれだっ! すれすれだが俺はいい仕事をしている、と、思った瞬間、硬い鍔が股間の物に激しくえぐられたっ!

がーーーーっ!

わずか5ミリでは鍔はかわせなかった。

俺のロボにより塞がれていた口はがロボの手をもはみ出して最大級に開かれた。だが痛すぎて声は出ねえーっ!

刀はそのまま突き進んだ。突き進んだ先には夜の闇があるのみだ。俺の股下を通過するのは、そして柄とそれに添えられた十季の手、腕、そして腕が肩、その肩まで入ったところで、次には十季の顔面が、最悪にも俺の股間にぶち当たった。

・・・ぶち当たって・・・ストップした・・・。

十季の動きが止まり、目隠しの下の口元が(え?)と、うろたえ漏れるかのようにわずかに開いていた。

「十季、そこ・・・ダメ・・・」 

痛み絶頂を越えてロボの口からはみ出ていた俺の口から、漸く言葉が漏れた。

ほんのわずか、しばしの間があって、十季は何事もなかったかのように身を翻し、宙で体を回転させると、元いた我が家の玄関先に俺に背を向ける形で着地すると、跪き、うずくまって動かなくなった。

え?

なんか気分悪そう。

ちょっと傷つく。

十季が俺に突進して来たそのわずか後には間をあけずして柘榴さん、山吹さん、群青さんも地を蹴ってロボットに突進していた。

だが、柘榴さんの忍者刀はお隣の沼山さん家のソヨゴの枝と葉っぱをそぎ落としているのみだし、山吹さんのキックはお隣の沼山さんの家の軒下の雨どいを破壊しているだけだったし、群青さんの手裏剣はお隣の沼山さんの家の洗濯物にことごとく命中して穴だらけにしてるだけだったし、ことごとくてんで方向違いの敵を粉砕するか、破壊するか、無駄な攻撃であった。沼山さんごめんなさい〜。

肝心のロボにはまるで一ミリの攻撃も仕掛けられていない。元気いっぱいに俺の股間を開きまくったままであった。

てんで様になってないくノ一たち、役に立たないくノ一たちに、俺は股間を広げられたまま、その痛みに加えて情けなくなり涙が溢れた。

くのいちぃ〜・・・。

 

12

 

攻撃の手応えをまったく感じなかったくノ一たちが、一旦退いて玄関先に着地した。一様に虚しい体力を使った彼女らは、荒く息を吐いた。

「まったく敵の位置がわからぬ、はあはあ」

と、柘榴さん。

「手強い、はあはあ」

と、山吹さん。

「万策尽きたか、はあはあ」

と、群青さん。

いや、はあはあってね、目隠ししてるからでしょう。言ってみればまったくとんちんかんな策だからね、それ。しかも、目が隠れててもかなりな技があると期待してたんだけど俺。 

その時。

うずくまっていた十季がすっくと立ち上がった。そして目に巻いた布をすぱっと解いて、くるりと体を柘榴さん、山吹さん、群青さんに向けて言った。

「見ましょう」

「見る?」

柘榴さんが返した。十季の言葉に戸惑うくノ一たちだった。

だが十季がきっぱりと言い切った。

「見ましょう。太吾さまのちんちんなど、見て照れるほどのものでもありません」

あのね。

「確かにそうだ」

と、柘榴さん。

「照れるほどのモノでもあるまい」

と、山吹さん。

「我らどうかしていた」

と、群青さん。

「見よう、あんなもの」

と、再び山吹さん。

聞こえてますけど。全部聞こえてますけど。

くノ一たちは、一斉に各色の布を解き、刺客ロボを見上げた。

と、同時に俺の股間をも見上げた。

「きゃっ」

四人のくノ一たちがまた一斉に黄色い声を出して手で目を覆い顔をそらした。

 ををーいっ!

お前らそんな殊勝な感じだった?

その時、刺客ロボ武甲丸(という名であることは後から知るのだが・・・)の7本の腕のウチ、俺を痛めつけている3本でない腕が高速で伸びたかと思うと十季を掴み上げた。あの十季が。あの武甲衆の藍さんと鋭い戦いを繰り広げた十季とは思えないほどの油断の十季だった。

「くぅ」

十季の油断を悔やむ息が漏れた。

十季は一度宙高らかに振り上げられる。刺客ロボはそしてその振り上げた腕を一気に俺に向けて振り下ろしてきた。

「んがっ」

塞がれた口で俺はたまげ声を漏らした。

腕は十季を俺に激突させた。

「ぐえっ」「く」

俺と十季が同時に悲鳴をあげた。

離してはまた激突させた。

「ぬがっ」「う」

やめろっ!

痛えええええーっ!

刺客ロボの野郎は、俺の大事な妹で・・・実際には妹じゃないけど、表面上妹で、俺を何度もぶちつけて来た。ふいに俺の体を掴んでいた腕が離れた。となると俺の体は95%フリーになったのだが、最後の5%の両足首を掴んだ腕はそのままである。

当然俺の体は逆さまに回転した。ロボは更にぐあっと十季を上に放り投げたかと思うと落下して来た十季の頭を摘んだ。

そして、まるでボロ雑巾の様に十季の体をバッテンに振り回しながら俺の体に鞭打つ様に当てた。いててててててっつーーっ!

さらには逆さになった俺の股間を公衆浴場でおっさんが手ぬぐいパンパンやるみたいにそれを十季でやって来た。

俺はもう悲鳴すら出ない。気絶寸前にダメージを受けていた。

「十季っ」

下から母さん・・・じゃない、柘榴さんが叫んだ。十季はあまりにも今は無力であった。何故だっ!

十季だけではない、くノ一たちが一様に冴えない。何故だっ!

あ・・・。もしかして、これか・・・。俺のこの状態・・・特に股露わが、くノ一たちの戦意を萎えさせているのかっ! 弱点かっ! そんなウブなことが弱点なのかっ! 確かに残りのくノ一たちも玄関先でこの状況を見上げているのみでやけに内股、および腰でひるみっぱなしだ。

そんな中、振り縛るように睨みつけて果敢にロボに向かってくるくノ一がいた。山吹さんだ。山吹さんは飛躍しながら忍者刀を抜いた。そしてロボの体を切り刻みはじめた。

さすがだっ!

さすがの山吹さんだっ!

ただいつも怖いわけではないぞ山吹さんっ!

いいぞっ!

一気にロボを倒しちゃって下さいっ!

ところが、ロボは全ブリキ製かと思いきや要所要所はどうやら鋼鉄であるらしい。

ぱきーんと、山吹さんの刀を折ってしまったのだ。

「ちっ!」

山吹さんが吐き出すように言った。その一瞬の隙をついて、素早く伸びてきた刺客ロボ武甲丸の手が山吹さんを襲い来て掴んだ。山吹さんの体は武甲丸の手によって自由を奪われた。

「ぬぐっ!」

山吹さんが苦しそうな息を漏らした。

ジャキーン。

武甲丸の手は、山吹さんを掴んだまま指の先端から鋼鉄の鋭い爪を伸ばしたのだった。

「ぐあっ!」

山吹さんは5本の爪により串刺しとなった。

「!」

俺は声を出せないままでいた。

冷静に実況をしているように見えるが、実際には武甲丸の別の手で振り回されているときによってしこたま一番俺のつらい部分を攻撃されたままなのだ。この実況は俺のようで俺でないものがしているのだ。いや、そんなことより山吹さんの運命はっ!

武甲丸が、爪を山吹さんから引き抜きながら手を広げた。血だらけの山吹がどさりと地面に落ちた。

山吹さんっ!

だが、落ちたのは8トラックカラオケマシーンの機械であった。

か、変わり身の術っ!

・・・にしてもスナックのママっぽくそんなレトロな8トラックのカラオケマシーンでなくとも・・・。俺も若いのによく知っている。

でも良かった。

や、山吹さんは?

見ると武甲丸の上空から山吹さんが落下しながら手裏剣を放った。

しかし、武甲丸のボディに手裏剣はことごとく跳ね返された。そしてさらにまた別の角度から武甲丸の手が山吹さんを襲った。手の指から再びジャキーンと鋼鉄の爪が伸びた。再び串刺しにされる山吹さん。武甲丸の手が開く。血だらけの山吹がどさりと地面に落ちた。だが、今度はレーザーディスクカラオケビデオマシーンであった。

いや、もう今時使えなくなったとはいえ、そう二度ともカラオケマシーンで変わり身って。

 

(つづく)

13

 

刀を折られ、手裏剣を弾き返された山吹さんに残っている武器はあるのか?

と、山吹さんは懐から透明のガラス瓶を取り出し武甲丸目掛けて投げた。

キーン。

だがその武器は虚しく武甲丸の頭部に当たって跳ね返った。それはサントリーウイスキー角瓶だった。

スナックで出た廃棄物かよっ!

「ちっ」とエアツバをはいた山吹さんを三たび武甲丸の手が襲った。

「ぬぐっ」

山吹さんがうめいた。ジャキーンとツメが伸びて山吹さんの体を貫通させた。

激しい血が噴き出した。

武甲丸の手が開いた。

どさりと山吹さんが地面に落ちる。

今度は・・・山吹さんはどんなカラオケマシーンに変わり身?

だが、地面に流れ出す山吹さんの血。うわーやられてるーっ! 山吹さん、オロナイン、オロナインっ! もうカラオケマシーンないのかーっ!

その地面に倒れた山吹さんを見てはっと目を覚ました様に柘榴さんが地上から手裏剣を武甲丸に向けて連投した。

山吹さんの手裏剣を跳ね返した手裏剣だったが、今度は全てが武甲丸のボディに突き刺さった。

だが武甲丸はダメージもなくなおも堂々と立ち覆ったままだ。でも柘榴さんの手裏剣攻勢は尽きることなかった。八方手裏剣、十方手裏剣、棒手裏剣、ナイフ、フォーク、スプーン、菜箸、割り箸、鍋、やかん、フライパン・・・ちょっとおー、手裏剣尽きてるよー。それ台所用品だよー母さんっ! 思わず母さんと言ってしまったーっ! 

だが、最後のフライパンが武甲丸の片耳を擦り飛んだ。武甲丸の耳から小さなボルトとバネの様なものがボヨンと弾けた。壊れた。無敵に思えた武甲丸がわずかに壊れたっ!  柘榴さんがその成果ににっとドヤ笑みを浮かべた。

が、その隙を突いて武甲丸がわずかに胸を反らせたかと思うと武甲丸の体に刺さっていた手裏剣の数々が一斉に弾き飛び、そのまま柘榴さんを襲った。柘榴さんは自らの手裏剣を全てを自分で受ける羽目になったのだ。

柘榴さんが、その衣装と同じ色の鮮血をほとばしらせその場に崩れ落ちた。

ざ、柘榴さんっ! オロナイン、オロナインっ!

その足元に崩れ落ちた柘榴さんを見てはっと我に返った群青さんがキリッと武甲丸を見上げた。そして自らの胸を鷲掴みにしたかと思うと引きちぎり武甲丸に投げつけた。

出たっ! 群青さんの爆乳爆弾っ! これで武甲丸を粉砕・・・いや、群青さん、今投げたのただのブラっす。

群青色にピンクの細かな花柄を散りばめたほんのり可愛いブラっす。

「くっ、しまった。寝る前だったので爆弾は外していたっ」

そう言えばすっかりさっきは寝る前の歯磨きをしてましたねっ!

武甲丸の伸びた手が飛んできたブラをも丸ごと引き込んで群青さんの頭部を掴み包んだ。そして宙に持ち上げたかと思うと地面に叩きつけ叩きつけた。

群青さんは柘榴さんの脇にぐったりと動かなくなった。

群青さーーーーんっ! オロナイン、オロナイーーーーーーーンっ!

 

14

 

くノ一が全滅した。

山吹さんは武甲丸のツメの餌食となり、柘榴さんは手裏剣返しをされ、ふたりとも血を流して地面に倒れている。群青さんも激しく地面に叩きつけられふたりの横に転がっている。そして、十季は、俺の股の間にぐったりと気を失っていた。俺は相変わらず素っ裸で、両の足首を武甲丸のふたつの手で真一文字に開かされていた。体はずっと逆さまに吊るされていた。十季はそんな俺の股の間にぐったりしていたのだった。俺もだった。俺も十季の体で散々鞭打たれ、朦朧としていた。

くノ一が全滅した。

絶望的であった。

助かる見込みは、もうなかった。

ぐいっと、俺の足首がまたもや左右に強く引っ張られた。

うぎやーーーーっ!

もう俺はむしろこの痛みから解放されたかった。もういいから俺の股を割いてしまってくれっ! そして俺はそのまま安らかにあの世に行きたい。楽になりたい。もうなんにも望まない。

あぎあがうぐあーっ!

股がはち切れはじめていた。

「たいご…さま…もうしわけ…ございませぬ…」

俺の股間でほとんど気を失っているはずの十季の声がかすかに伝わって来た。十季が…。あきらめた…。ああ…すべての望みは絶たれた。

 

その時であったっ!

 

ジャキーン

ジャキーン

と、高く鋭い金属音がした。

朦朧としていた俺には即座に何が起こったのかわからなかったが、次の瞬間、俺は股間の引きちぎれる痛みから解放されたのだった。

武甲丸の、俺を掴んでいた二本の腕…触手が、本体の肩口から切断されて空(くう)に舞っていた。

そして…。

その武甲丸の前の宙には、大刀を振り下ろした態勢の…。

「あ…藍さんっ!」

藍さんが…藍さんがいたっ!

藍さんがっ!

あ、藍さんではなく、黄土…さん…くん…なんだけど…でも、藍の装束に身を固め、俺をあの大萬公園で守り死闘を繰り広げてくれた、あの藍さん…あの藍さんにしか、…俺は見えない。

藍さんがいたっ!

藍さんが助けに来てくれたっ!

股裂から解放され、ゆるりと落下をしながら、俺はその藍さんの勇ましい姿を惚れ惚れと見上げていた。股間に引っかかっていた十季が落下しながら俺の体からゆっくりと離れた。

上空の、藍さんが持っていた大刀が、パキーンという音を立てて割れた。

普段の短くまっすぐな忍者刀ではなく、藍さんの身長をも越えるほどの大きな刀であった。藍さんはその大刀で武甲丸の腕を肩から切り裂いたのだ。そしてふたつの腕を刻んだ大刀はポッキリと折れてしまった。

折れた大刀の残った刃を一瞬見た藍さんはそれを投げ捨てた。宙で身を翻すと武甲丸の胸板にキックをした。武甲丸を倒そうという目的ではなく、そこで弾みをつけて、藍さんは落下する俺たちに弾丸のように向かって落ちてきた。地面すれすれに、叩きつけられる寸前に、藍さんは両の腕に俺と十季を抱えて自分の足ですたんと静かに着地した。

十季を地面に速やかに寝かせ、俺をもまた柔らかく尻から地面に置いてくれた。十季を腕から離すと藍さんが俺に抱きついた。

素っ裸の俺に。

藍さんの左腕が俺の右腕ごと抱きしめ、背中に回っていた。そして右の腕を俺の左の肩から後頭部を包み込むように抱き寄せていた。そして、藍さんが俺の頬に自分の頬を密着させた。藍さんの身体の体温が伝わってきた。

藍さんは、さらに腕と頬を強く押し付けてきた。

「太吾さま…」

そして、そう震えるように囁いた。

 

15

 

そして、藍さんの手が、俺の股間の…その、亀裂が入ったかのようにひりひりとしていた足の付け根の部分を優しくさすった。

あ…藍さん…。

「おいたわしや…」

藍さんの伏し目がちな目が潤んで震えていた。藍さんの手は優しく優しく俺の股間を撫でた…あれ、へ、へんなこと書いてる俺?

でも…でも、書き方はへんだけど、その藍さんの傷をいたわってくれる気持ちが俺には、じかに伝わって来たんだ。藍さんの愛撫で、俺の傷の痛みは次第に薄くなって行った。…あれ? 俺またへんなこと書いた? 愛のある撫で方だから…愛…撫でいいんだよね…。ね…。

「オ・ウ・ド…」

突如、くぐもった声が天から響くように聞こえてきた。

ピクリと反応した藍さんの手が止まった。

俺もドキッとしたぞ。恐ろしく呪いのこもった声だった。

「ウ・ラ・ギ・ッ・タ・ナ…」

その声は…どうやら武甲丸の頭部の辺りから聞こえてきた。しゃ、喋るんか、このロボはっ!

藍さんではなく「オ・ウ・ド」黄土と呼んだ。そして「裏切り」という言葉を発した。

そうだ。藍さんは、藍さんではない。秩父忍ビ三峰衆の七くノ一のひとりであった藍さんではなく、その藍さんになりすまして俺に近づいた秩父忍ビ武甲衆の刺客、黄土…さん…くん、だったのだ。

「ウラ・ギリ・モノ・ハ・死・アル・ノミ…」

武甲丸からそんな響きが聞こえたかと思うと、ひとつの腕の手の先から突然炎がゴオと発射された。炎はうねる竜のように…って竜なんか見た事はないけど、だいたいそんな感じで恐ろしげな音を立ててこちらに襲い来たっ!

うわあーっ!

藍さんが素っ裸の俺の肉をむんずと掴むと驚くべき力で俺を放った。同時にかたわらの十季を蹴った。俺は宙を舞った後、地面に叩きつけられ転がった…が、まるで痛みはなかった。藍さんの術みたいだ。柔らかく俺を傷つけない放り投げの術だった。蹴られた十季も転がり、また俺のかたわらにおさまった。まだ気を失っている様だった。十季には…蹴りなんだ…。

その場に残った藍さんを、竜の炎が襲った。一瞬のうちに藍さんが火だるまとなった。

藍さんっ!の、黄土さんっ!

だが炎の中から藍さんの声が聞こえた。

「武甲忍法 火炎返しっ!」

途端、炎は弾かれたようにうねり返り、逆流した。そして武甲丸の本体を襲った。

に、忍法っぽいの出たーっ!

武甲丸はにわかに自分から発した炎に包まれ、燃え始めた。木製の部分が多いのでよく燃えた。

藍さんは…というと、炎を返しはしたが、すでに一度浴びた炎により戦闘服を焼失させていた。

藍さんは、ほとんど素肌のままとなっていた。そこに、おしるしばかりの鎖帷子で出来たパンツ…パンティ? いや、腰蓑…なんかそんなものをまとっていた。全身はすでに焼け焦げた跡が見えた。

藍さんの素肌は、焼け焦げを負っていても白く透き通る美肌であることが分かった。同時に、やっぱり、藍さんではないことも…。

その姿は…それにしては恐ろしく細身ではあるが…確かに女性ではなかった。

俺はいろんなことで頭がいっぱいになっていた。だが、そんな混沌とした中で率直に脳裏に浮かんだ言葉は…

美しい…

だった。

藍さんの裸体は…美しかった。

ああ、それなのか。

この状況で俺の脳は、藍さんに見とれよと命令を下していた。

藍さんは、はっと俺を肩越しに見た。そして、露わになった自分の胸を腕で隠した。それが余計に俺にはやられる要素であった。

か、可愛い…。

素っ裸の俺と素っ裸の藍さんみたいな黄土くんが、戦闘の中ではにかむように見つめ合っていた。

さくっ

ん? 俺の地面に着いた左手の手首部分の上あたりに微かな痛みを感じた。見ると…ボールペンほどの小さな苦無の先が手首に当たっていた。苦無を持っていたのは…気絶したままの…十季だった。

 

(つづく)

| 大地丙太郎 | くのいちせぶん | 22:34 | comments(0) | - |
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